青天の霹靂
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青天の霹靂でもって、オットが本国で仕事を得た。
ここ数ヶ月、ふたりで話し合ってもいたし、じっさい仕事を探していたのだから、青天の霹靂もないのだが、歳も歳だし、この世はいまだコロナで大混乱だしで、そうそう見つからないとどこかで思っていたのである。
心のじゅんびをあえてさけていたというべきか。
いっぽうで、オットがその会社の面接(Zoom面接だった)を受けたときから、なんとなくこれはくるなという気もしていた。つまり、頭が混乱している。
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混乱はしていても、事態は進む。
出国前のさまざまな手続きの一環として、先日オットは指紋を取られた。
イギリスでは、19歳未満の子どもと接する仕事に就くにあたって、「犯罪経歴証明書」なるものを提出しなければならない。
これは、「無犯罪証明」とも呼ばれていて、文字通り、犯罪歴のない真人間ですよこの人は、というお墨付き文書である。
個人的には、真人間かどうかは犯罪歴だけでははかりしれないと思うが、虐待や性犯罪から子どもを守る、という理由がちゃんとあり、誰の求めにもじゃんじゃか応じているわけではないようなので、ここはしのごの言わずおとなしく紙をもらうべきであろう。
証明書は、滞在国の警視庁が発行する。そこで、先日桜田門に行ってきた。
桜田門といえば、魅録の父親である警視総監がいるところ。
これが、悠理の父ちゃんがダイナマイトでぶっとばした警視庁かー。
(ぜひ『有閑倶楽部』第2巻(一条ゆかり/著 集英社 1983.7 )をお読みください。)
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入り口には、棒をもった警官の人が立っていて、建物から出てくるひとりひとりに、「おあいっす!!!」と言っている。
ところで、警視庁の建物内には改札のような自動ゲートが設置されていて、おいそれと中に入ることはできない。
受付に、「犯罪経歴証明書をもらいにきました」と告げると、「渡航証明ですね(ともいうのか)。申請ですか、受け取りですか?」と聞かれる。
「申請です」というと、「では係のものが参りますので、こちらでお待ちください」と小さな小部屋に通された。
小部屋は、古い病院の待合室のようで、水色のビニール張りのソファーと、いつから貼られているかわからない「喫煙するときは周りの人に配慮しよう」という趣旨のポスターと、サンセベリアの鉢植えがあった。
「こんな一片の陽の光も差さないところでも元気なサンセベリアはすごい」とオットが言った。
しばらくすると、係の男の人がやってきて、案内をしてくれた。
ひとりずつゲートをお通りください、と言われる。
申請をする部屋まで行くあいだに、おもしろいものはなかった。
係の人はわきめもふらず歩いていくので、駅でトイレに行ってきてよかったと思った。
この係の人も、部屋にいる人たちも親切で、申請はスムーズに済んだ。
申請書の書き方を教えてくれたおじさんは、ちょっと面白い感じの人だった。
指紋は、女の人がとってくれた。これまた感じのよい人だった。
指紋をとられるなんて、やましいことがなくてもなんだか緊張するし、こういう係の人選はやっぱり気を使っているのかなあと思った。
オットが機械の前に座って、指紋を取られているあいだ、私はちょっと離れたところで座っていたのだが、オットは、画面にうつる指紋に喜んで、
「ねえねえ、ちょっとここにきてみてごらんよ!」とわたしを呼んだ。
ええー、なんか下手に近寄ると、「あ、ここからは入らないでください」とか言われるんじゃ…と思ってひるんでいると、おじさんが、
「どうぞどうぞ、見てってください」と言ってくれる。
近づいて画面を覗き込むと、10本の指一本いっぽんの指紋が、画面に白黒で大きく写し出されていた。
コピー機に指を押し付けて、ウィーンと撮るような感じである。
「子どもなんか、これみて大興奮ですよ」とおじさんがちょっと得意げに言った。
大人も興味しんしんである。
「自分の指紋見ることなんてそうそうないですからね」と言うので、
「そうですね。子どものころはよく眺めてたけど、歳とると指紋が肉眼でみえなくなるし」と言ったら、「ははは」と笑われた。
この指紋を、警察が所有しているデータと照合して、前科がないか調べるわけかー。
「指紋って、ほんとうにみんなちがうんですか。似てる指紋で間違ったりしないんですか。」
と聞いたら、急におじさんはしゅっとして、
「指紋は模様や線の間隔がみんな違っていて、生涯変わらない。同じになる確率は何百億分の一と言われています。」
とすばやく言った。
さっきまでフレンドリーなおもしろおじさんだったのが、突然「官」の顔になって、
「これは、照合したらすみやかに消すことになっていますので。」と付け加えた。
おじさんはにんげんで、警察官で、公権力なんだなあと感じた一瞬だった。
そしてすぐに、もとのおもしろおじさんにもどって、「子どもなんか、これみて大興奮ですよ」ともう一回言った。
申請はそれでおしまいだった。申請書ができる日を教えてもらい、また係の人に案内されて自動ゲートを通って建物を出る。出るときに、入口の警察官は、私たちにも「おあいっす!!!」と言ってくれた。
地下鉄の駅まで歩くあいだに、
「けっこうおもしろかったね。」と言ったら、オットは
「警察ねー。」と言った。
「指紋は、照合がすんだら消すらしいよ」と言うと、
「I doubt it(どうだかね)」とアナキストっぽいことを言っていた。
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さて、何事もなければ、1月末には、オットはイギリスの空の下。現在は今の会社の離職手続きや、新しい職場との打ち合わせ、税金や保険の手続きに不用品の処分など、すべてがブルドーザーのように進行している。
イメージ画像は「ハウルの動く城」である。ゴミがすごい。
わたしは、いろいろな手続きやら整理やらで、あと一年くらいは、こちらにいることになりそうだ。
来月の状況が想像できない。起きるときは何もかもあっというま。
こうして書いたり人に言ったりすると、そのたびにどんどん本当が確定していくような気がして、ちょっとこわい。
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byはらぷ
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※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。
※はらぷさんが、お祖父さんの作ったものをアップするTwitterのアカウントはこちら。
Jane
あああはらぷさん、ドッペル姉妹よ。
はらぷさんの渡英する頃には、コロナが落ち着いているといいですね。
今のうちに銭湯と求肥をご堪能ください。
今年ははらぷさんの過去記事から探して、はらぷさんを思いながらクリスマスツリーのオーナメントを多数つくりました。
はらぷ Post author
Janeさん
ああ、ドッペル姉妹、そして異国暮らしの大先輩!
欧米ではふたたびオミクロンが大フィーバーの様相ですが、このまま弱毒化、むしろ軽くかかって免疫つくって、ふつうの風邪みたいに…という方向に行くことを祈っています。
でも、そうなったとしても、いったん「コロナ=恐怖」と刷り込まれてしまった世界が落ち着きを取り戻すには、しばらくかかりそうですね。。。
しかし、わたしは一年以上ひとりでやっていけるんでしょうか。
餅やあんこばっかり買っちゃいそう。
クリスマスオーナメント!素敵ですーーー!
色合いがまたいいですね。
壁にかかっているリースもかわいい!なんだかソーセージのような、プレッツェルのような(すぐ食べ物を連想する笑)