シルバーさんの庭仕事
我が家の庭は、あまり日当たりがよくない。そして、一年の2/3は雑草に覆われている。
庭がかわいらしい姿を見せるのは、早春のわずかな期間。山吹、ハナニラ、コデマリ、秋に球根を埋めたチューリップが次々に咲く。ハナミズキはピンクの花。ギボウシの白と緑の葉が茂り始める。
その後は、ドクダミ、エノコログサ、ヤブガラシ、シダ類。雑草にせよなんにせよ、我が庭では球根および地下に根を張る植物しか生き残れない掟になっている。
庭の地面を割って見ることができたなら、きっと地下の世界のほうがぎっしりと賑やかだろう。ワンダー・オブ・地下茎の世界だ。
5月の連休明け、ドクダミの花が咲く頃に草取りをした。小雨の中おこなったら、根が抜きやすくて楽しかった。45Lの袋、約4袋分。
そのあとは、蚊のシーズンの到来である。この間、率直に言って庭に出ることができない。ピラニアの川に足を踏み入れる牛のごとくである。
しかしそれでも例年は、夏のいずれかの週末に、決死の覚悟で雑草を抜く日を設けていた。それはオットがいたので、できたのである。
そして今年、ひとりでピラニア、もとい蚊のサンクチュアリに飛び込んでいくことができなかった。
7月、8月、9月、10月、庭のありとあらゆる植物は、その生を謳歌した。小動物もまた、である。ヤブ蚊、カナヘビ、カマキリ、女郎蜘蛛。
○
秋になり、ハナミズキの葉が紅葉しはじめた頃、シルバー人材センターに電話した。
もう自分ひとりでなんとかできる段階ではない。細長い庭には、女郎蜘蛛の巣が幾重にも張り巡らされ、罠のようなありさまとなっている。その奥には、お化けのようになった棕櫚の木が物置を覆い、シダとヤブランとイヌツゲとドクダミがひしめきあって、もはや人の分け入ることを許さない自然の厳しさを伝えていた。奥にたどり着ける気がしない、こわすぎて。
たった数ヶ月で、こんな野生が出現しようとは。
葉が落ちる前に地表をなんとかしなければ、大変なことになる。
電話に出たシルバー人材の係りの人は、今混んでいるから、11月に入るまではできない、一度見積もりに庭を見に行く、と言って電話を切った。数日後、ひとりのおじ(い)さんが自転車でやってきて、紙に敷地の形を書きながら、除草をする場所に斜線をつけていった。
庭の境界はここなんです、ここから、こうやってここまで。こっから先は、隣の家です、と我が家の奇妙な敷地を説明すると、
「へーっ、こんなの初めて見た。」と面白がってメモをした。蜘蛛の巣をかきわけながら、「こうやって歩数で測ることになってんの。」と言って物置まで歩いた。「たぶん10メートルです」と後ろ姿に声をかけると、端まで行って「ほんとだ10メートル!」と宣言し、またメモをした。
○
おじ(い)さんは、「とりあえず、ぜんぶきれいにしちゃっていいのね?植わってる低木類は触らないから。」と言って、「なんか抜いちゃダメなものはある?」と聞いた。
だいたいどの植物も、地下で冬越しをして翌年また生えてくるから、地上部を抜かれても構わない。この辺のクリスマスローズは、抜かないでほしいかな、とお願いした。
おじ(い)さんは、「うん」と言って一瞥したけれど、それはメモしなかった。
百日紅の木の枝も落としてもらえるか聞いてみたが、シルバーさんは除草組と、高枝切り組に分かれているらしく、除草組は脚立の使用が禁止されているのでできないとのことだった。
「おれたちは、地べた組、あっちは高いところから物を見るから、違うのよ。」と世界観みたいに言ったのが面白かった。
除草をする日は、4日後と決まった。
○
当日の朝、8時半から9時の間に、4人のおじ(い)さんが自転車で集結した。
じゃ、始めますんで、と言って、それはにぎやかに作業を始めた。前の庭に3人、家の裏にひとり。
家の中で仕事をしながら聞いていると、2人のおじ(い)さんがとりわけ仲が良く、黙っているということがない。シルバー人材センター内の人間関係についての話題が多い。おじ(い)さんたちの職場なのだ。しゃべりながらも、どんどん体を動かしているということが、声の感じから伝わってくる。カーテンを開けて、どんな風に仕事をしているのか眺めたい。でもなんだか悪いのでやめておいた。
10時を過ぎて、「休憩しよー、さあ、休憩ですよー」と声を掛け合うのが聞こえてきたので、あわててお茶を出した。
いまどき、もらえないことになってるので、とか言われるかなあと思ったけれど、「や、どうもすいません」と受け取ってくれたのでよかった。
庭を眺めると、もう半分くらいも済んでいるのでさすが早い!と感心した。しかしハッと気づくと、おじ(い)さんの一人が、お隣の敷地に入り込んでお茶をすすっているではないか。
「あ、うちの敷地、このちっさいフェンスのこっち側なんです」となるべく軽い感じで言ってみると、「あーうんうん。聞いてる聞いてる」とにこにこして返事が返ってきた。
「こっちの草は取らないからだいじょうぶ!」っていう笑顔だ。ちがうそうじゃない。
でも、まあ隣の人は気にしないだろう。というか、隣の奥さんはよそ者がこわいので、こんなワイワイしていたら、絶対に庭のほうには近づかない。なのでおそらく見られることはない。すばやく頭の中でずるい計算をして、これ以上言うのはやめた。
○
その後、4人のおじ(い)さんは作業を再開し、12時前に仕事を終えた。
途中で、「落ちないでよー、落ちないでよー、保険でないからねー」と言う声が聞こえ、何か高いところの作業があったっけ?もしかして、木の枝落としはしないと言っていたけど、やってくれているのかな、と期待したが、もちろんそんなことはなかった。
○
最終確認のため庭に出ると、今まで見たことないくらい、隅の方まで真っ平らに除草してくれてあった。
わー、うちの庭がかつてこんなにきれいになったことがあったろうか!と言うと、おじ(い)さんは「そう?」と嬉しそうになって、まあ、また根があるやつは生えてくるけど、これで半年大丈夫でしょう、と胸を張った。
そして、カンのよい皆様はおそらく御察しの通り、クリスマスローズは抜かれていた。メモだいじ!!
さらに、おじ(い)さんが、「でね、これも取っといたから。上の部分は届かなかったけど、そのうち枯れるからさ」と指差した先は、2階のベランダまで這わしていた羽衣ジャスミンだったのである。
えーー!!と私が絶句していると、おじ(い)さんは狼狽えて、「あ、あれ?これダメだった…?」と聞いた。
「うん、ダメだった。」と言うと、「えー、ごめんね。これ、家が痛むと思ってさ…」としょげた。
そうだよね。つる性の植物が家を痛めるというのは本当なのだ。2階まで這わすと陽が当たって花が咲くので、そうしていたのだった。
「でも、また生えてくると思うから、大丈夫かな」とわたしが言うと、おじ(い)さんはちょっとホッとした様子で、「そうだよね、根は残ってるから」と言った。
でもほんとうは、来年わたしがこの家からいなくなっても、花が咲くといいなと思っていたのだ。こういうのは、バッサリやる前に聞いたほうがいいぞ。
わかったことは、シルバーさんたちは植物に興味があるわけではないので、抜いてほしくない植物があったら、ひもを結えるか何かして目印をしなければならない。
○
10数袋の雑草の袋が積み上がり、おじ(い)さんたちは帰っていった。ゴミの引き取り料も含めて、2万円くらい。
思ったよりも安くなかったが、この数ヶ月の胸のつかえを、金で解決した。その甲斐はあった。
ケイヨーデイツーに行って、チューリップの球根を買ってきて埋める。球根は、時限爆弾みたいだ。来年の春咲くだろう。
思えばこの10数年、必要に迫られて庭の雑草とは格闘しても、庭づくりというのをほとんどしなかった。あらかじめ植わっていた低木、気まぐれに植えては根付いた宿根草だけ、季節がめぐるにまかせていた。
家についても、買った時に漆喰を塗ったり、タイルを貼ったりしたけれど、それ以降は、いろいろ手を加えたいところはあっても、どこかに、「いつまでここに住むのかしれないなあ」という気持ちがあって、そのままにしてきてしまった。多少ボロでも家があれば、雨風がしのげる、お金がないなりに、お財布と相談して修繕しながら住んでいける、と、終のすみかと思っていたはずだのに、心の奥では「いっときの仮住まい」と思っていたのか。
こないだov40のポッドキャスト「That’s Dance!」を聞いていたら、「仮住まい」の話題が飛び出して、あまりにも自分のことすぎて仰天した。
でも、この家も、やっかいでほったらかしの庭も、好きだった。もう少し、手をかけてあげたらよかった。気のいい家だったのに。
○
by はらぷ
○
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。
※はらぷさんが、お祖父さんの作ったものをアップするTwitterのアカウントはこちら。
Jane
段々と、おうちともお別れの様子が、おもしろさの中にちょっとしんみりと。シルバーさんたち楽しそう。年を取るとしゃがむのも膝が痛かったり、かがむのも腰が痛かったりするけど、そういうのをクリアしている人たちなんですね。おじいさんたちのはらぷさんに対する喋り方が、気さくなため口でいい感じですね…。
私が心の表でも奥でも100%「いっときの仮住まい」と思っている我が家にも、ピンクのハナミズキとギボウシがあります。羽衣ジャスミンは、大好き。年中暖かいアメリカ西海岸で庭に茂らせている家をよく見たけれど、私の住んでいる所は厳寒地なので、冬越えできる植物が限られていて、近所一帯同じ植物が植えられています。只今落ち葉掃き大絶賛中ですが、夏に水不足だったので、例年なら踏んで滑りそうなくらいのどんぐりが少なめで、それを食べてるリスやシマリスも、ギボウシの実をついばみにくる鳥も、目に見えて個体の数が少ないです。
埋めたチューリップが咲くころには、はらぷさんはもうそこにいないのでしょうか。
爽子
クリスマスローズ、惜しい!
うちにも4種類あるのですが、一つ夏に耐えきれず、きえてしまいました。
さっぱりしたお庭にチューリップの時限爆弾、素敵だ。
水仙も植えっぱなしで、時期がきたら、きっかり咲いてくれておすすめです。
毎年、暑かったり寒かったりしても、2日くらいのズレで咲くのは驚異ですよ。
Jane
えー最近ものの言い間違いが増えてきた私。ギボウシじゃなくてヤマボウシでした。ですがギボウシ(ホスタ)もあります。ここら一帯の定番です。これはすごく強い植物ですね。そして食べられるそうですが….、たしかにむしゃむしゃ食べられてる。多分ウサギに。
はらぷ Post author
Janeさん
お返事が一ヶ月遅れてしまいました!いま12月の投稿をして、はッと気が付いたところです…。
ヤマボウシ、ハナミズキに似ていますよね。一年中よい姿の木ですよねえ。ヤマボウシの実も食べられると聞きました。ホスタも食べられるのかあ。
シルバーさんたちはとてもお元気でした…。ほんとう、膝や腰がいたいとしゃがんで除草なんてできないですから、そういう意味でもすごいしえらい。
シルバーさんの自由っぷり&除草作業におけるデス・スターぶりは、経験がある人も多いようで、こないだ一緒にご飯を食べた人は「デビル・カッター」と呼んでいました…(笑)
チューリップ、咲く頃にはもういないかなあと思っていたのですが、今月の記事にも書いたのですが、まさかの事態発生でうっかり見れちゃうかもな状況です(笑えない…)
はらぷ Post author
爽子さん
毎度毎度の一ヶ月遅れ返信をお許しください…。
クリスマス・ローズはほんとうに残念でした。
いまのところ、再生してくる様子はないなア。。。
クリスマス・ローズって、突然株が消滅したりしますよね。
うちも最初、黒、ローズ色、白の三色を植えたのですが、ある年、黒が消え失せました。
水仙は、前の住人のおばあさんが残していってくれた時限爆弾が毎年きっちり作動してくれます。あとスノウ・ドロップ。
同じ場所に、季節が来ると咲いてくれる約束があるっていいですよねえ。
Jane
「季節が来ると咲いてくれる約束」って表現、素敵だわ。