第69回 神々の山嶺
フランスのアニメーション映画「神々の山嶺(いただき)」(2021)が公開中だ。夢枕獏による原作小説は1998年第11回柴田錬三郎賞受賞。画・谷口ジローの原作漫画は2001年第5回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞受賞。本作は漫画をベースにしている。(その他の情報は、公式サイトのイントロダクションやストーリーをご参照ください。)
大部の原作ものでは、何を省いて何を取り上げるかが、作り手の志向で選択される。(「平家物語」もそうだった。)本作で取り出されたのは、核のみだ。カメラマン深町と孤高の登山家羽生に焦点を絞り、羽生に大きな影響を与えた岸文太郎以外の人間関係はバッサリ削っている。
1920年代エヴェレスト初登頂をめざし、途上で消息を絶ったジョージ・マロリーは「なぜ登るのか」と尋ねられ、「そこに山(エヴェレスト)があるから」と答えたとか。
羽生はなぜ厳しい条件下での単独登頂を目指すのか、深町はなぜ羽生に拘り、追い、危険な山行に赴くのか。何が彼らをかりたてるのか。
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谷口ジローの息を飲むほど細密な背景描写は、文庫サイズですら大自然のスケールや厳しさを感じさせるが、それを余すところなく大画面に拡大している。氷をまとった急峻な山は、登攀経験のない者に命の危険を感じさせ、再現性の高い日本の居酒屋は、足しげく通ったことのない者にも80年代を懐かしく思わせる。そうか、これが没入感か。
天候の悪い山の様子はカメラで撮影できるものではない。そこを画で表現して見せてくれている。厳しい自然の急激な変化を緻密に描き切り、途方もない高さを感じさせる大胆なアングルの岩壁登攀やヒマラヤ岩峰登攀のシーンは、見る者を追い込む。はっきり言って怖い。世間との関りを絶った羽生の一途な気性も手伝って、気を抜けないハラハラする90分だ。
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本作では自然をリアルに描く一方で、人間はフランスの漫画バンド・デシネ風というのか平面的な彩色でさらっとした印象だ。人物単体を取り出して見た時にエモーショナルな何かが湧いてこないのだ。リアルな厳しい自然のリアルな描写がより引き立つし、そもそも原作でも気持ちを外に出さないキャラクターばかりで大きな表情変化はないのだが、デフォルメのきいた日本のアニメを見慣れているせいか、物足りなさを感じる。
日本語吹き替え版ではベテラン声優らが声を当てている。深町を堀内賢雄(「鬼平」長谷川平蔵など)が、羽生を大塚明夫(「攻殻機動隊」バトーなど)が担当し、抑制のきいた演技でキャラクターに体温と深い陰影を与えている。
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原作では登場人物のバックグラウンドや舞台となる地域の情勢などが掘り下げられている。自身の知力・体力・精神力を追い込み限界に挑むことを止められない羽生の姿を、何度も見返してしまう。映画も漫画もお勧めしたい。
(昨年のうちにNetflixで「The Summit of Gods」(英語版)が配信されていますが、日本での配信は今のところありません。)
映画「神々の山嶺」公式サイトのURLはこちら↓
longride.jp/kamigami/
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爽子
記事の更新日に、豪雨の三条MOVIXで、見てきましたよ。
見に行けてよかったわ。
SHOJI Post author
爽子さん
お返事おそくなりごめんなさい。
更新日7月19日の京都はニュースにもなるほどの大雨でしたね。
そんな日に爽子さんを京都に引き寄せたものは何なのか?
羽生丈二がエヴェレストを目指すのと同じく、抗いがたいものがあったのですね。
しかしほんま、見に行けて、そして帰って来れて、良かったですね!