美は、たしかに細部に宿る。しかも自分が重要視していない細部。
夫の入院するパラダイス病院(仮名)の医療スタッフは、みなさん、ほんとにすばらしいのですが、それでも日々、立ちあっていると個々の違いが見えてきます。姉がその人を最初に見たとき、「(サッカー選手の)吉田麻也!色の白い吉田麻也だ!」と叫んだので仮に吉田さんと呼びますが、その吉田さんは、30代前半の理学療法士さん。夫の病棟の責任者でもあります。
この人が、一度も見たことはありませんが、「すきやばし次郎」の寿司職人じろうさんのように、一つひとつの動作が優雅で、無駄がなく、鮮やかなのです。毎回、うっとり見惚れてしまいます。
たとえば、パラダイス病院の寝具は、羽毛布団に純白シーツというホテル仕様。普通の病院に比べてかなりかさばります。さらに夫の場合は、体のあちこちにクッションや枕、バスタオルをはさんでいるので、それらを動かして仮置きすると、ちょっとした山になるのです。リハビリ本番前に「寝具とタオルの大移動」という下準備があるのですね。
パラダイス病院がリハビリ専用のスペースをもたず、病室を含めた階段や廊下、庭など建物のあちこちで行うところなので、こういった片づけが必要というのもあります。
この「寝具とタオルの大移動」にセラピストさん個々の違いが見えます。寝具を最小限の移動にとどめる人、病室内の椅子の上などに不安定な状態で置く人、床に落としてしまう人など。仕事の本筋じゃないから、どうしても適当に対処することになる。当然だと思います。
であるにもかかわらず吉田さんは、この寝具とタオルの移動が、ものすごく鮮やかなのです。きびきび、かつ丁寧にたたみ、病室の外に迷いなく運んできっちり重ねる。もちろん、一度も寝具の山が崩れたり、落ちたりしたことはありません。この作業で、ベッド周りも病室もすっきりと片付き、リハビリに集中できる状況があっという間にできあがります。家族や見舞客の座る椅子も、一瞬たりとも占拠されません。
夫の移乗、装具の着脱、夫の服のちょっとしたしわの伸ばし方なども抜群の安定感デコボコ頼もしく、それでいてソフトで繊細。スポーツも芸術も、上手な人がやればやるほど簡単そうに楽しそうに見えるものですが、それと同じで吉田さんのリハビリは、とても簡単そうで楽しそうです。
夫への語り掛けも、常に敬語。わたしにも「昨日は、このような意志を伝えてくださいました」と夫を敬うような言葉を使います。それでいてフランクでよく笑う。「奥さん、では、ご協力をお願いします!」とリハビリに家族を巻き込むのも上手です。
あまりに毎回、見事な段取りなので「家の片づけも、そんな感じなんですか?」と聞いてみました。「いやあ、家ではそんなことないですよ。それにあまり家にいないので…」との答え。なんでも大学院の医学部博士課程に籍を置き、休みの日は研究室に通っているんだそうです。
なんとまあ、そうであったか。この人の全身に漂う柔らかな緊張感と慎重にコントロールされた対応は、そんな二重生活から生まれていたのか。一挙手一投足に目的意識や向上心が表れるものかどうかわかりませんが、布団の山の移動のような「些細なところに表れる違い」には、やはり理由があるのだと思ったのです。
本物は、下準備から違う。すきやばし次郎も下準備にはうるさそうだしな(トロ箱の片づけ方とか、バックヤードの整頓とか)。
美は細部に宿るんですねーー。それも、自分が重要視していない細部。
今日は、KEIKOのデコボコな日常が公開されています。視覚障がいのあるKEIKOさんがお正月の遊びをどうやって楽しんできたのか。いつも「楽しみ」がベースにあるKEIKOさん。みんなで遊べるカードも紹介してくださっています。ぜひ、お読みください。オバフォーは今週も盛りだくさん。時間のあるときに遊びにきてくださいね。
はしーば
ああ、吉田麻也(仮)さん、お目もじしたや〜。
その華麗な布団捌きを目の前で見られたなら、さぞかし爽快でしょうね😊
私が30年近く勤める会社の取引先には、三ちゃん(もはや死語?)の小さな工場の下請けがいくつかありました。
さまざまなタイプの工場がある中で、いつもスッキリと片付き、何が何処にあるか一目瞭然の現場から上がる製品は、納期が遅れるようなこともなく、精度も見た目もそれは美しいモノでした。
そこの社長の旋盤機を操作する所作もやはり無駄が無く、スピーディなのに丁寧です。
「踊るように」という表現がありまさが、正にそんな感じです。
吉田麻也さん(仮)にもそんなイメージを思い浮かべました。