ねこを医者に連れていく
土曜日の朝。昨日の夜は雨が降ったが、今朝は雨上がりの快晴。風がつよく、かすかに海の匂いがする。正確にいえば磯の、泥の匂い。それから、濡れた草と動物の糞があたたかく発酵した匂い。
起きてティーちゃんに薬をのませ、ごはんをうながし(食べない)、落ち着かないスマをなだめて洗濯をした。晴れの日はたいへん貴重なので、洗濯ができるということは喜びである。バスマットやタオル、ティーちゃんの使った布類なども、ここぞとばかり回収して洗う。隣(ペニーの家)の、庭のばらが咲いている。
裏庭には洗濯ロープが渡してあって、タオルやシーツやなんかの大きなものも、そこにみんなひっかけて干す。ロープがたわんで、洗濯物が風にはためいているのを見るたびに、なんだか外国ぽいな!と思う。
そして、もう一度ティーちゃんの様子を見に行き、「さて」と思ったところで、「あれ?」と心によぎるものがあるではないか。
今日、土曜日。土曜日というのは、木曜日の2日後である。「なんかすごい。」の更新忘れていた。
今週、ティーちゃんが体調を崩して病院がよいに奔走していた。しかしスマホのスケジュールにもちゃんとリマインダーをしてあったのに、そしてこの数日片時もスマホを離さず、病院からの連絡に備えていたのに、まったく目に入っていなかった。
先月末にカリーナさんからov40の夏休みの連絡をもらったとき、「第3木曜日はちょうど再開直後だな」と思った記憶があるのだが、心のどこかで夏休みだったらいいなとか思っていたのかもしれない。さぼりぐせがすごい。
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ティーちゃんは、2018年に尿路結石を起こして手術を受け、SUB Systemという人工の管が体に入っている半分サイボーグの14歳、いやもう15歳。
この年齢で渡英なんてさせていいんだろうかと本当に悩んだけれど、ティーちゃんの体調は今年に入ってからだいぶんよく、こちらに来てからも、日のあたる場所を見つけてよく眠り、自分からごはんを食べにいく回数が増えさえした(同じ食べ物なのに!)。でも、いつ体調悪化がはじまってもおかしくないと、ずっと思ってはいたのだった。
ティーちゃんが体調を崩したのは、今週の初め。あまりごはんを食べなくなり、トイレでふんばるがうんちがでない、という症状がみられるようになった。数日様子をみていたのだが、どんどん元気がなくなり、あきらかにおなかに違和感を抱えている。トイレに行く前に、おしっこが出てしまう。
そこで獣医さんに連れていき診てもらった。すると便秘のうたがい、ということで、その処置をしてもらってよくなるかと思いきや、そこではSUB Systemについての知識がなく、また血液検査の結果もやや不安、SUB Systemになんらかの問題がある可能性も否定できない、と摘便の処置を受けられないまま、referrals(紹介専門の医療機関)送りになってしまった。
もともとそのreferralsとは、SUB Systemの定期検診が受けられるかどうか相談していたところだったので、どのみち近々行くことにはなっていたのだが、突然平日の昼間に、ひとりで病気の猫を抱えて、片道1時間半かかる知らない町に行けと言われてうろたえた。
しかし、背に腹は変えられない、もともと3キロしかないティーちゃんの体重は、さらに減って2.5キロになってしまい、これ以上弱り続けたら、ただの便秘だったとしたってティーちゃんは死んでしまう。
予想される費用を聞いて気を失いそうになるが、なんだか腹が決まって、もうどうせ、死ぬほど金がかかるんだから、タクシーで行くことにした。Referralsからも電話が来て、いまから2時間後に診てもらえることになった。「ちょっと早めに着くと思うけれど、待合室で待たせてもらってもいい?」と聞くと、「もちろんいいよー!待合室にはコーヒースタンドもあるし!」とほがらかな声が返ってきた。待合室にコーヒースタンドがある獣医。
Referralsまでは車でなら45分くらい。運転手さんはものすごく心配してくれて、許される最高のスピードで送り届けてくれ、しかもちょっとおまけしてくれた。ティーちゃんが元気になったら、タクシー会社にお礼を書かなくちゃ。
大きな幹線沿いにあるReferralsはピカピカの建物だった。受付には3人の女の人が座っていて、1匹ずつ犬を膝に乗せていた。自分の犬なのか?
さっき電話をかけてきてくれたと思われる女の人は、アン・ハサウェイみたいなはっきりした顔立ちの美人で、よれよれの毛玉のようなティーちゃんをみて、かわいい!美人!と言ってくれ、その後ろに座っている、桃井かおりにそっくりな上司(たぶん)は、表情を変えず無言で膝の犬を撫でていた。
アンケートに記入して、待合室でしばらく待つ。余談だが、こちらの人はほんとうにちょっとしたことで(たとえばアンケートを記入し終わって持っていくとか)「Perfect!」とか「Awesome!」とか「Fantastic!」などとすぐ言ってくれる。ただの慣習で言っているとわかっていても、こんな状況のなか、優しくしてもらってちょっと嬉しい。コーヒーは飲まなかった。
ティーちゃんはすぐに診てもらえて、検査の結果、SUB System経由で腎臓が細菌感染を起こしていることが判明した。今まで定期的に検査と洗浄をおこなってきて、5年目にして初めての事態だ。今まで何もなかったことが不思議なくらいだけれど、なぜ今…やはり元気そうにみえても、この数ヶ月相当ストレスをためていたのだろうか。そうでないわけがない。診てくれた獣医さんは冷静でたのもしく、どこの国でも専門医はほんとうにすごい。
抗生剤の投与とSUB Systemの洗浄、超音波検査、麻酔をしての摘便と経過観察で、ティーちゃんは3日間入院した。退院の日迎えに行くと、ティーちゃんはケージの中でミャオと鳴いて、獣医さんが「声を出した!」と笑った。持ってきたケージを開けると、自分から入っていった。
受付にはその日も上司・桃井かおりが背後に座っていて、見ているかぎりこの人何にもしていないのだが、ぐったりした犬を毛布にくるんで夫婦が入口から入ってきた瞬間、誰よりも早く立ち上がって医者を呼びにいった。残された受付の2人と、会計を待っていたもう一組の夫婦とわたしで、顔を見合わせてみんなで泣いた。
帰りは、ケージを極力揺らさないように気をつけて、公共交通機関を乗り継いで帰ってきた。バスの待合所でも、バスの中でも、いろんな人がケージを覗き込み、話しかけてくる。通りすがりの人もジェスチャーで興味をしめしてくるので、そのたびに「猫だよー」、「オー、猫!」という意味があるんだかないんだかわからない共感を交わす。ともかくペットを愛してやまない人々が多いのだ。
ティーちゃんが入院した日に、空のケージを下げて帰りのバスに乗ったときも、小さな女の子が「中に猫がいるの?」と聞いてきて「残念ながら、わたしの猫は入院しちゃったんだよ」と言うと、「オー、猫は病気なの?」と言って、母親にそれを告げに行った。バスを降りるときも、「あなたの猫が元気になりますように!」と言って手を振ってくれた。
簡単に事情を話すくらいの会話を交わした人は皆一様に、「保険が適応されますように!」と言ってくれるのだが、あにはからんや、入ってない!!!しかしそれを言うとめんどくさいので、「ははは、そう願ってます」と言うに留めた。
日本にいてもきっとそうだっただろうけれど、猫たちが年老いていくこれからは、いつまでお金が続くかと、わたしたちの「どこまで動物に治療を続けるか」という問題と、どんなにしてもいなくならないでほしいと思う、心のせめぎ合いになるのだろう。イギリスのペット医療は日本以上に高額で、私たちは、そんなにたくさんお金を持ってはいない。そんなことより、ティーちゃんに苦しくなくいてほしい。
金曜日に家に帰ってきたティーちゃんは、土曜日の夜にうんこがでた。ベッドの上で!
そして、ティーちゃんにベッドをゆずってオットは隣の部屋で、わたしはティーちゃんの横で眠ったのだが、目が覚めたら顔のすぐ隣にすごいうんちがしてあってびっくりした。
寝返りを打ったり、腕を伸ばしたりしたら大変なことになるところだった。あぶねえ。でもやはり、ティーちゃんが隣にいると思うと、無意識下でも気を使っていたんだなあ、えらいぞわたし。
ってそういうことじゃない。隣でティーちゃんがうんこしているのに目を覚さないってどういうことだよ。起きてやんなさいよ…。
ティーちゃんの具合は、日曜日にまたヨレヨレになってしまい、ほんとうに心配したけれど、ようやくちょっとごはんに興味をしめすようになってきた。と思ったら、また今はヨレヨレだ。今の時間は、月曜日の夜11時。薬を飲ませるタイミングをはかっているところ。
コメントへのお返事コーナー
◆Janeさま
めちゃくちゃおもしろいご当地ゴミレポートありがとうございます!これは国によって随分違っておもしろそう。イギリスのゴミ事情、あらためて記事で書きたいと思います。もう少々お待ちくだされ!