(5)完全手探りの無理ゲー
そういえば、父が救急車を呼ぶ前、「不在票が来ていた、たぶん(母の)障害者手帳だから受け取っておいてほしい」と言っていた。
実家で待機しなければいけなくて超面倒くさいのだが、障害者手帳なんてものすごく重大そうなので、なんとかかんとか受け取った。なのに、開けてみたら障害者手帳でもなんでもなくて、「介護保険証を更新しました」というものだったという。ぐったり。
しかし、そもそも介護保険証というものをはじめて見る。
「要介護3」…。具体的にどんなものかも知らない。日付からすると、定期的な更新ではなく、それまでは2か1だったものを、レベルが上がったので更新したということのようだ。
かように、私は両親のこの20年のことも知らないし、そもそも高齢者に関する制度の基本的な知識もない。
このタイミングで母の病院の介護士から「介護保険の区分変更をしてください」と電話がかかってきた。「今の状態だと要介護3ではないと思うので」。
えっ、こないだ3になったばかりなのに? 老人はすぐ状態が悪くなるということ?「やらないと特養に入れないかもしれませんよ、入れなくてもいいんですか、ご自宅で介護できるんですか」と、いきなり初対面の私に(しかも電話で)脅しのようなことを言う。いったいなんなんだろう(←特養は要介護3以上ということすら知らなかった私。すでに3だからOKな気がするが、入居希望者が多いので介護度が上であればあるほど有利だ、ということが言いたかったらしい)。親切心なのかもしれないが、怖すぎる。
「すぐに介護保険証を持って区役所に行ってください!」え~~。
あ! ということは、無駄足だったと思ったこの介護保険証が、次のステージへの鍵なのね?
おお~、まるでゲームみたいだぞ。
区役所に問い合わせつつ、夫の叔父が特養の入居相談センターのようなところに勤めているので、さっそく電話して聞いてみる。「入れないってことはないと思うから、相談に来て」とのこと。そうなんだ、脅しはなんだったんだろう。
「いくらぐらい払えるのか考えておいてね」「病気で何か必要な処置があるかどうかとかも大事だから」。って言われても、両親が年金をいくらもらっているか知らないし、病気のために何が必要かも知らないのだ。すべてが「さあ?」(きょとん)になってしまう。
母はこのまま死ななかったら、特養に入るのだろうか。そうしたら父は一人暮らしになるのだろうか。
にわかに焦って、特養の入居条件や費用について検索しまくる。老人の見守りサービスとかも検索してみる。電気ポットのとか、あるよね。見知らぬジャンルの情報を、ゲームで役に立つはずと思って必死に読み解く。
しかし、母の病院のケースワーカーに呼び出されて行ってみると、母の症状では特養は無理、とのことだった。おいおいおいおい、あの脅しをかけてきた看護士はなんだったんだよ!
また、父の病院のケースワーカーに呼び出されて行ってみると、父は一人暮らしでも特養でもなくて(そもそも要支援だから特養は無理)、退院したら有料老人ホームに入ると言っているのだそうだ。
検索していろいろ考えたことはすべて無駄だったというわけ。ダメだ、こりゃ。
母が倒れた日から、一日に10件ぐらい電話がかかってくる。もちろん仕事中も容赦ない。しかも母が入院している病院はコロナのせいか、こちらからかけても全くつながらないので、かかってきたら瞬時に取らねばならない。
呼吸器内科の医者、看護士、整形外科の医者、ケースワーカー、父の病院の医者、看護士、ケースワーカー、ケアマネさん、区役所の障害者関係、区役所の健康保険関係、区役所の高齢者関係、それに母が借りていた医療器具の会社、加えて、新聞を止めたり、自然食の宅配を止めたり、などなどなどなど。
次から次へとやることが降ってきて、もはや自分でコントロールすることができない。相手の言っていることが正しいのか判断する知識も、後回しにする知識もない。検索しても予備知識がなくてまったく役に立たないから、どんどんどんどんやってくるボールを瞬時に打ち返す。まるで卓球のような気分だ。
冷静に考えてみると、両親に特に思い入れもないのだから、そんなに瞬時に打ち返す必要など無いのかもしれないのだが、でもボールが来ると反射的に打ち返してしまう。ひょっとすると、課題をスピーディに、しかも優秀にこなさないと怒られた幼少期の癖なのではないか。私の深層心理は「母から課題を課せられている」と思ってしまっているのではないか。しかしそこを掘り下げる時間も余裕もない。
ちなみに、母は療養型病院というところに転院するしかないのだそうだ(もしくはお医者さんが常駐している超超高級老人ホーム)。療養型病院…、これまたはじめて聞く名前だ。「受け入れてくれるところがあるかどうか、金銭的に大丈夫かどうか、このリストに電話してみてください」と渡されたリストは市内の病院が100件以上ある。えーー。
父のほうは、ケースワーカーがおすすめの有料老人ホームを決め打ちしてくる。コロナで面会できないし、父は携帯電話を持っていないし、なんと電話も取り次いでくれないというので、どこまでが本人の意志かわからず、ケースワーカーとその老人ホームがグルなんじゃないかって気もするが、確認しようがない。「ご本人は金額的に大丈夫とおっしゃってます」。そうなの!? だまされてない??
ここで肝心の「使えるお金がいくらなのか」が、私の前に立ちはだかるのだった。