ヒゲ・エフェクト
バタフライ・エフェクトという言葉がある。ブラジルで蝶が羽ばたくとそれが周囲に小さな影響を与え、結果、テキサスに竜巻が起こる、という諺のようなもので、日本で言えば「風が吹けば、桶屋が儲かる」というのに似ている。似ているというか、一緒だ。アメリカでは竜巻で、日本では桶屋が儲かるというのだから、大陸というのはホラ話もスケールがでかい。
NHKのドキュメンタリー番組でもこの言葉がタイトルとして使用されている。世界中の歴史的な出来事が、実は誰かの本当に小さな行動に支えられていたり、逆に大きな出来事が、思いもかけない一個人の人生を変化させていたり。そこにスポットを当てた構成がおもしろい。
最近になって、つまり還暦を過ぎて、映画館に行っても迷いなくシニア料金でチケットを買うようになってから、バタフライ・エフェクトという言葉を思い浮かべることが多くなった。人というのはいつまでもやらなかったことを悔やんだり、同じような道を歩いていたはずなのに、なんとなく自分よりも先に行っているように見える人を羨んだりするものだ。そんなときに、何が違ったのだろうと思ったりする。
あの時、東京に行かず、関西で粘っていればよかったのか。あいつと組まずに、声をかけてくれたほうに行けばよかったのか。やってきたことを悔やむというのではなく、やらなかったことを思うことがあるのだ。もちろん、そのときの思考回路も大陸的ではなく、いたって日本的で東京に竜巻を起こすとはいかず、どんだけ頑張っても、「もうちょい楽ができたかもなあ」程度の貧乏くさいものではあるんもだけれど。
さて、ヒゲを生やしたのである。以前、書いたように映画『PARFECT DAYS』を見て、役所広司のヒゲの手入れに憧れてヒゲを生やしたのである。すると、不思議なことに久しぶりに会う人たちが、ヒゲのことをスルーするのだ。こっちは60年間生きてきて、生まれて初めてヒゲを生やしているのだ。にもかかわらず、1年前に会った時とまったく同じテンションで、ヒゲのことにはふれず、視線に気をつけていても、ヒゲをチラチラ見ている気配もない
これは、生まれて初めてのヒゲが妙に馴染んでいて、ヒゲを生やしたことがサプライズでもなんでもないのか、それとも今時ヒゲを生やすことが当たり前過ぎて、いちいち注目するようなものではないのか。どちらにしても、ヒゲを生やし始めて約半年。ヒゲを指摘したのは三人だけだった。ま、ここまで放置されるヒゲだから、バタフライ・エフェクトの、蝶の最初の羽ばたきにさえならないのだろうけれど、もしかしたら、という気持ちも少しある。
このヒゲのおかげで、大人びて見えることになり、大手に資金が潤沢にある仕事が舞い込んできたり、電車の中で犯罪に手を染めようとしていた少年が僕のヒゲを見て、大人が見ているからやめておこうと思ったり。そんなことが絶対にないとはいえない。まあ、あるかないかで言うと、ない確率のほうが高そうだが、絶対ではない。だとすると、僕のバタフライ・エフェクトならぬ、ヒゲ・エフェクトも何一つ影響を与えないということはないのだろう。とりあえず、一年ほどはヒゲを蓄え、整え、将来のヒゲ・エフェクトの種を蒔いている気分なのである。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。
ぴょこはん
メガネでヒゲの男性が20台の頃から好きです。そのまま45歳になりました。
uematsu Post author
ぴょこはんさん
あー、若い頃からひげをはやしていれば、モテたのかー。
いや、僕の場合は、そんな気がしない(笑)。