<ドキコの乱/後編>カリフォルニアから娘が来た。そして帰った。
みなさま、再びお邪魔いたします。じじょうくみこでございます。
前回はザビ家のリーサルウェポン・ドキコ姉さまついてお伝えしましたが、その姉さまが巻き起こした騒動について、後編です。
前編はこちら→<ドキコの乱/前編>ああ姉さま、止めておくれよ、この胸を。
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睡眠不足で意識朦朧としているわたしに「かあちゃんを施設に入れるから」と突然すぎる宣言をしてきた、ザビ男の姉ドキコ。あきらかに疲れ切っているこんな朝に、母親を施設に入れるなどという大事な話を、なぜこんな風に冷や水を浴びせかけるように話すのか。ドキ姉の戦法には慣れていたはずのわたしも、あまりのことに心臓が痛くなりました。
「後でかあちゃんから二人に話があるというので、ごはんを食べたら来て」
去っていくドキ姉の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、いったい何が起きているのか!?と頭は混乱するばかり。
ひとまず荷物を置いて風呂に入り、短い睡眠をとって食事をすませました。母親が施設に入るという話を聞きたくないのか、ザビ男はいっこうに動こうとしません。「行こうよ」と促すと、しぶしぶといった様子で立ち上がりました。この緊迫した状態なのに、モモヒキ姿。なんかこうもっと、あるだろうよと思いましたが面倒くさいのでスルーしました。
ザビママの部屋へ行くと、ドキ姉が隣に座って待ち構えておりました。「かあちゃんが話したいことがあるから」というので近づくと、ふだんあまり喋らないザビママが口を開きました。
「ワイは施設に入ることにしたよ。カラダがどんどんきつくなって、できることがどんどん減っていくのが、つらいしこわい。長生きはするもんじゃねえ。本当はとうちゃんの三回忌が終わったら入ろうと思っていたけど、なんとなくズルズルここまで来てしまった。もうすぐ七回忌だ。それが済んだら、ワイはもう施設に入りてえ」
きっとドキ姉が大げさに言っているに違いない、と内心思っていたので、ザビママの口から本当に施設に入りたいと言われたことに動揺するわたし。そこにドキ姉がたたみかけてきます。
「そういうことだから。私が通える範囲の施設がいいと思うの。かあちゃんは持病があるから、どこでもいいわけじゃないし、介護認定が上がらないと条件が……」
「ちょっと待ってください」とドキ姉をさえぎって、ザビママのそばに座りました。
「ママ、本当に施設に入りたいの? シマ島の老人ホームは、順番待ちの人が多いからすぐには入れないと思うよ。そしたら本土の施設に入るの? ママ、あんなに島を出るの、嫌がっていたじゃない。ここにいれば友だちもいるし、大好きな畑で野菜もつくれるよ。わたしたちも一緒にいるし、ドクター・コト―も助けてくれるよ。それでも行くの?」
するとザビママは目をうるませて、
「本当は、ずっとここにいてえ。くみちゃんとここで一緒に暮らしてえ。くみちゃんにみとってもらいてえ。でも、二人に迷惑をかけたくねえ!だから今のうちに施設に入りてえ!」
「………」
「………」
泣きだすザビママの背中をさすりながら、黙りこむドキ姉とわたし。
「そ、そんなこと、言うもんじゃねえ!大丈夫だから、ここにいればいいからあああ~~!」
「え」
「え」
号泣しながら叫ぶモモヒキ姿のザビ男。呆気にとられるドキ姉とわたし。
「いや、ザビ男が泣いているとこ初めて見たわ!ビックリしたわ!でも在宅介護は2人にはムリだから、誰が何と言おうと本土の施設に入れるつもりだから!」
吐き捨てるドキ姉と、置いていかれるわたし。
気がつくとさっきオイオイ泣いていたザビママはテレビの相撲中継をかぶりつきで応援していて、ザビ男は「なんか腹減った」とモモヒキの上から膝をかきかき戻っていき、ドキ姉は風呂場へ消えていきました。
いやはや、なんなんだ、この家族。
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迷惑をかけたくないというザビママと、本土の施設に入れるというドキ姉、在宅で介護するというザビ男。三人三様の意見を前に、わたしはひとり、がっくりしておりました。
ザビママとの同居を始めて3年ほど。二世帯住宅ではなく家のほとんどを共用するというガチの同居でしたが、ザビ家はベタベタしないスタイルのようで、同居生活は思っていたより気楽なものでした。生活サイクルが違うので適度な距離を保てたし、お互いに気を配りながらよい関係性をつくれてきたのかな、と思っていたのです。
なのに、ザビママは心の内では「施設に入ろう」と考えていたのか。それだけ体調が悪くて、それをわたしたちには言えなかったってことなのか。その事実を、ふだん一緒にいない実の娘から聞かされることになろうとは。
カラダが弱ってきたザビママのために、ママが寝た後に掃除や洗濯をしてみたり、動きやすいように家具の配置を変えてみたり。ママの友だちに代わる代わる様子を見てもらったり、おかずを差し入れしてもらったり。みんなとゆるやかにつながりながら、環境を整えてきた時間はなんだったのか。だいたい施設もなにも、ザビママのカラダがどれだけ深刻なのか、それを確かめないで話進めるのって、せっかちすぎん?
オバフォー会は3日後。参加すれば、介護の先輩方が相談にのってくれることでしょうが、状況が混沌としすぎてうまく説明できる自信もないし、ドキ姉が島にいる間に手を打たないと厄介なことになりそう。残念ながらオバフォ―会は欠席することに決めました。
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そこからは怒濤の展開でした。
ザビパパのときにお世話になったケアマネージャーさんに連絡し、介護認定の見直しを相談。シマ島の老人ホームに行き、入所するための条件などをヒアリング。診療所のドクター・コト―に連絡して、ザビママの体調を確認し検査を予約。いつも通ってきてくれる民生委員さんに連絡して、最近気になる様子がなかったか確認。社会福祉協議会に連絡して、利用できる福祉用具やサービスがあるかどうか相談。
その結果、ザビママの体調は特に良くも悪くもなっておらず、なんなら若い人よりよほど体調管理ができていることが判明。「自分で施設に入りたいと言っている時点で、認知も問題ないですね。どうして急に施設に入るなんて話が出たんですか?」とドクター・コト―に訝しがられる始末(ですよね~)。
ケアマネさんにも「思っていた以上に元気で驚いた」と言われ、おそらく介護度が上がることはないだろうとのこと。老人ホームでもザビママが入所するには介護度が低く、条件がそろったとしてもすぐに入所できるかどうかはわからないと告げられました。
では、本土の施設に入るのか?ということになるのですが、一型糖尿病であるザビママは1日4回のインシュリン投与が必要で、ザビママを受け入れてくれる施設はドキ姉の近所には見つかりそうもありませんでした。
スッキリしない日々を送っていたある日、英会話レッスンを受けていたミカス先生に事の次第を話していると、ミカス先生がひとこと。
「くみさん、それ、カリフォルニアから来た娘じゃないですか?」
「え、ドキ姉さまは日本人ですけど」
「そういう用語があるんですよ。ドーター・フロム・カリフォ―ニア・シンドローム。カリフォルニアから来た娘症候群っていうんですけどね、ふだんはカリフォルニアとか遠くにいる親族が突然やってきて、治療方針に異を唱えて強引にやり方を変えたり、家族や周りの人たちが積み重ねてきた関係性を壊してしまうことを指します」
「おお。まさに」
「離れて暮らしているから現状を見てビックリすることもあるでしょうし、離れていることの罪悪感から自分がどうにかしたいと思うのかもしれません。いずれにしても、お姉さんは誰でも施設に入れるわけじゃないことがわかっていないと思います。今の状態だと、同居しているくみさん夫妻がムリヤリお母さんを施設に入れようとしているように見えませんか」
「なるほど確かに」
「でも、誰が介護するのか揉める家が多いなかで、ザビ家はすごいですね。どっちも面倒を看るっておっしゃっていて。お姉さんが悔いのないように、いい形ができるといいですね」
あ……
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ほぐれる……
ミカス先生すごい……
そう言われて、自分にも心当たりがありました。
実家の母が施設に入ることになったとき、地元にいた姉きくえと揉めたことを思い出したのです。あのときのわたしは、母が困っているのになかなか動いてくれない姉にいらだち、あれやこれやと問い合わせては険悪ムードになっていました。
決して口出しするつもりではなったけれど、結果的にきくえを追い詰めてしまったようで、あるとき「ひとりでやってる私だって大変なんだから!」と突然泣かれてしまいました。
あー、あのときわたし、カリフォ~ニアから来ちゃってたのね……
そう考えればドキ姉の強引さも、なんとなく理解できます。たまにしか会わないと変化がはっきりわかるから「どうにかしなきゃ」と焦るよね。実の娘だもんねえ。
2週間後にすべての結果が出て、わたしは自宅に戻っていたドキ姉に長いメールを書きました。
ドキ姉から施設話を持ちかけられたとき、しょせん嫁のわたしにできることは少ないんだと落ち込んだこと。本土の施設に入ることで、ザビママが孤独にならないか心配であること。在宅介護にしても施設に入るにしても、ドキ姉とザビ男が悔いの残らないよう兄弟で話し合ってほしいこと。どういう選択になっても、ザビママが楽しく暮らせるように協力したいと思っていること。
しばらくして再びにシマ島にやってきたドキ姉は、わたしの顔を見つけた瞬間いきなりブワーと涙を流し始め、
「くみちゃん!くみちゃんに迷惑かけるけどさ、これから定期的に島に帰ってくるから!私がいる間はザビ男とふたりで好きなだけ出かけていいから!みんなで力を合わせてかあちゃんを看ていくのがいいな!」
泣きながら腕をぺシぺシされました。
そして次の瞬間には「買い物行こうよ」と言って車に向かってスタスタ歩き出すドキ姉。
涙はもう消えていました。
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というわけで、ドキコの乱は一周まわって元通りの生活に戻りました。少しずつ弱くなっていくザビママを、自宅でどこまでケアしていけるのか。黒い気持ちがないといったら嘘になりますが、オバフォーのみなさんという心強い先輩方もいますし。おもろい家族もそばにいますしね。
というわけで、今回はこのへんで。それではみなさま、また崖のところでお待ちしています。じじょうくみこでした。
text by じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖のところで待ってます。」は不定期更新です。
じじょくみnote(帳面)もぼちぼちやってます→★
okosama
うう…ええ話や…(涙)
じじょくみさん、グッジョブ&お疲れ様でした!
にしても、皆さん切り替え早いな!
じじょうくみこ Post author
>>okosamaさま
いつも一番乗りありがとうございます( ´艸`)
ザビ家の切り替えのはやさについていけないわたしです(笑)