一億総タレコミ屋の時代。
かつて、タレコミは、卑しい行為だと言われた。でも、いまは、みんながスマホを持ち、少しおかしなことをする奴がいたら、全部記録し、写真を撮って、ネットに流す。かつてのたれこみ屋は、それでお金をもらっていたわけだが、いまのたれこみは、お金ももらわず、「いいね」だけをもらう。そして、自分たちをがんじがらめにしてしまう。
電車の中で、一生懸命にスマホを操作するオジさんに、「何撮ってるんだ」とすごむ若い女性を見たことがある。写真を撮られていると思ったのだろう。でも、オジさんは、撮っていなかった。ただ、見づらい画面を一生懸命に見ていただけだった。
オジさんは「撮ってない」と反論。女の子は「撮っていた」と主張。オジさんの隣にいたおばさんが、オジさんの画面を見て、「ネットの記事を読んでいらしただけですよ」と伝えた。それでも、女の子は、バツが悪かったのか、ブツブツ言いながら立ち上がると、謝罪のことばもなく立ち去ったのだった。
車内は少しだけ静かになった。オジさんは、なにも言わず、またスマホの画面に目を落とした。おばさんは、そっと視線を前に戻した。ただ、それだけだった。誰も騒ぎ立てることもなく、たぶん、そこにいた誰もが、誰に「いいね」を押せばいいのかわからなかった。
一億総タレコミ屋の時代の隙間に生まれた、たれこみも晒しも存在しない瞬間。なんとなく、そこには、人間らしい曖昧な時間があった。でも、みんながその瞬間に立ち会い、しっかりと見ていたことは事実だった。
もしかしたら、こんな曖昧な瞬間をなくす方向に、世の中は進むのかもしれない。だけど、僕は曖昧な人間らしい瞬間ばかりを見続けたい。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。