嫌じゃないなら、仕方がない
本屋で楽しみにしていた作家の新刊を手に入れて、待ちきれずに喫茶店に飛び込んで時間を忘れて読み耽る。そういう時の喫茶店は、やっぱりちょっと静かな空間であってほしい。なるべくならオンライン会議で大声を張り上げている人にはいてほしくない。僕はそう思っているし、僕がそう思っているというということは、世の中の人たちのほとんどがそう思っている…と思い込んでいたのだが、どうやらそうでもないらしい。
特に若い人たちは、「公共の場でお店が禁止していないなら、私たちがとやかく言えない」というスタンスらしい。そして、「まあ、静かなほうがいいけど、オンライン会議くらいは私たちもやりますしね」とのことだった。そうか、君たちもコーヒーショップやファミレスでオンライン会議をやっていたのか。背景をアルプス山脈やリゾートの海の風景に変えながら。しかも、「まあ、静かなほうがいいけど仕方ないじゃないですか、お店が禁止してないんだから」ということになると、自分が多少居心地が悪くても、「もう少し静かにしてもらっていいでしょうか」なんて言わない。というか言わなきゃいけない理由がなくなる。
在宅勤務は増え、それぞれの都合が増えてくる。自分でなんとかしなくちゃいけないことが増えてくると、多少のことには目をつむろうという気にもなってくる。僕は外でオンラインミーティングなどがある時は、駅の構内に増えてきたボックスのようなワークスペースを借りる。そこに移る時は邪魔くさいなあと正直思う。思うけれど、やっぱりコーヒーショップでオンラインミーティングをしたり、電話をするのは恥ずかしいので移動する。つまり、迷惑をかけたくないし、迷惑をかけるのは恥ずかしいと思うから移動するということになる。
これが「まあ、いいんじゃない」同士なら迷惑にもならないし、恥ずかしくもない。ということだろう。以前、あまりにも大きな声でオンライン会議をしていた男性に「すみません、もうちょっと声を落としてください」と手振りを交えて言ってみたら、「なんで?」と睨みつけられたことがある。その時は、「なんだこいつ!」と思ったのだけれど、ベースのルールが違っているんだから仕方がない。
さて、そうなると、もうこれからは「静かにしてください」が通じない。だって「静かにしてください」って言ったって「なぜですか?」と言うことになって、らちがあかなくなる。なるほど、それならどうするか。もう逃げるが勝ちなのである。自分の居場所は狭くなるけど、もうそれはそれでいい。なるべくベースのルールが同じ人たちがいる場所へ逃げるのである。または、ルールが違う人たちがきたら、そっと立ち上がるのである。 しかし、逃げるが勝ちという言葉はなかなかにすごい。逃げてるんだけど、勝ってるんだから。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。