カフェ小景・スイミング同好会
いつものカフェでいつものように仕事。書き書きしていると、ガヤガヤと入店してきたのはおそらく70代半ばの女性が5人。あいにく4人掛けの席しかなかったので、僕の隣のテーブルにギッチギチに座ったのだった。
ご注文は、という店員さんに、それぞれに飲み物と軽食を頼む女性たち。どうやら、話を聞いていると近所のスポーツセンターでスイミングを楽しんだ帰りらしい。毎週、この曜日にみんなで誘い合わせてスポーツセンターで泳ぎ、そのあとこのカフェで、遅めの朝食というか早めの昼食を楽しんでいるらしい。
それぞれに、頼んだものが来ると、あんたのほうがおいしそうだわね、とか、このサンドウィッチは前より小さくなったと思わない、などと口々に話して、互いに話は聞いていなさそうだが、それなりに会話は成立して、互いに笑っている。
一瞬、それぞれが食べたり、ぼうっとしたりして、会話に隙間が出来た。そのとき、それまで静かだった女性が急に話し出した。
「で、どうだったの?病院」
すると、さっきまでずっと話していた女性が、
「そうそう、病院よ。なんだか、肩のところがパンパンに張っちゃってね」
「大変じゃない」
「大変なのよ。なんか血の塊があるって言われてさ」
「なんで、そんなことになっちゃったの?」
「バレーボールよ」
「あんた、バレーボールなんてやってたの?」
「やってないわよ。やり始めたのよ」
そこまで、話すと、残りの2人も興味津々である。
「ほら、私たち憧れの世代じゃない。東洋の魔女とかさ」
「あら、そんな年じゃないわよ」
「ないけど、知ってるじゃない。そういうフレーズって言うの?かけごえっていうの?」
「掛け声じゃないわよ」
「ないけどさ。あったのよ、バレーボールへの憧れが」
「アタックNo.1とかね」
「そうそう。そうなのよ」
どうやら、近所のご婦人から誘われて、70代半ばでも大丈夫だと言われ、練習に参加するようになったらしい。最初の2回、3回は楽しくやっていたのだが、4回目の練習の時に、えらい奴が出てきたというのである。
「それがさ、国体経験者でさ。もう、なんか、えばってるの。そんで、私にもね、バシーンッ!バシーンッ!ってボール打ってくるのよ」
「あら大変」
「そうなのよ。私が、初心者なんですって言ってもやめないのよ」
「周りも止めないの?」
「なんか、その人には言えない雰囲気なのよ」
「で、どうしたの?ちゃんと逃げたの?」
「逃げないわよ!負けてられないわよ。私も必死よ。もう、身体でぶつかっていって」
「それで、腫れちゃったの?」
「そう、それで腫れちゃったの」
と、そこまで聞いていた別のご婦人が、ため息を吐く。
「そういう、素人相手に、えらそうにする奴は本当に腹が立つわねえ」
と吐き捨てるように言うと、
「あんたもね、水泳だけしてればいいのよ。色気出してバレーボールなんてやるから」
「色気かしら」
と本人が笑う。
「色気よ。スケベ心よ」
そういったところで、なぜかその場にいた5人全員が笑い、そこにバレーボールで肩を腫らしているご婦人の元に頼んでいたホットケーキがやってくる。
「お待たせしました〜」
「あら、待ってたのよ!」
かなりホットケーキが好きらしく、肩の痛みも忘れて満面の笑みになるご婦人。ついていたシロップを全部かけてしまう。
「あんた、かけ過ぎよ、シロップ。だから、水泳しても痩せないのよ」
「いいのよ、ホットケーキにシロップかけられないなら、生きてる意味ないわ」
「大きく出たわねえ」
「スタイルはあんたに任せたわ。私はダイエットなんていいのよ」
「あんただって、そんなにスタイル悪くないわよ。ボインだわよ」
「ボインだけど、お腹もボインなのよ」
「いいじゃない。両方ボインで」
「よくいうわよ。こっちはプールで背泳ぎするたびに、お腹も出ちゃうのよ。気にしてんのよ」
「気にしてたの?」
「気にしてるわよ」
「それは悪かったわ」
「余計に気になるわよ」
「どうすりゃいいのよ」
「知らない」
そういうと、また5人が全員笑う。
「そろそろ、帰ろうかしら」
「そうね」
「ほんと、良い時間」
ということで、スイミング同好会の面々は「それじゃあ、また来週!」と手を振り合って帰っていくのであった。おしまい。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。