いろんなお墓を眺めながら、霊園を歩く
お盆休みに入る少し前。たまたま東京の谷中に行く機会があったので、谷中霊園を歩いてみた。谷中霊園はとても広い霊園で、ここには有名人もたくさん祀られている。新しくお札になった渋沢栄一や少し前にドラマになった植物学者の牧野富太郎、俳優の長谷川一夫、画家の横山大観、役者でコメディアンだった森繁久彌もいる。そして、ひときわ大きなお墓がつくられているのが徳川家15代将軍である徳川慶喜だ。
そう言えば、徳川慶喜のお墓は近々、墓じまいされるという噂を聞いたので、以前に見たところにまだちゃんとあるのか見に行く。お墓はちゃんとあった。なかなか立派なお墓でこんなお墓が墓じまいとは惜しいなあと思いながら眺めていると、次々と手を合わせに来る人がいる。そして、慶喜公のお墓の入口には看板が掲げられていて、そこには「東京都指定史跡」とある。指定するなら、東京都が費用なりなんなりと出せばいいのにと思ってしまう。思うけど、国民の年金だって行き先不安だし、政党の裏金にも回さなきゃいけないし、いくら歴史的に名を残す人であっても、お墓の管理に公的なお金を出すのはいろいろややこしいんだろうな。
慶喜公のお墓もそうだけれど、お墓を見て歩いていると、なんだか人生はいろいろだなあと思う。だいたいのお墓は「〇〇家先祖代々」とか「〇〇家之墓」とか書いてある。でも、たまに夫婦二人の名前だけが記されている墓がある。これもう、すごくシンプルに力強く、「僕らは天国に行っても二人だぜ」という決意表明のようなものを感じる。かと思うと、先祖代々の家系図のような石版が置かれた墓もある。こうなると、「一人一人は長い歴史の中のひとしずくに過ぎんのじゃ。ほら、この長い歴史の中で小さなことでクヨクヨしていてもつまらんじゃろう」と言われている気がする。
あと、死んだ人の気持ちになって作った墓と、お墓をつくった側の気持ちが溢れている墓がある。ここに眠っている人はこの言葉が好きだったんだろうな、とか、こんなことが好きだったんだろうな、ということがわかりやすくデザインされていたり文字で記されていたりする墓は、知らない人なのに手を合わせてしまいそうになる。逆に、ここに眠る人物は我々にこんな貢献をしてくれた!我々があるのは彼のおかげだ!と声高に叫んでいるようなお墓を見ると、なんだか心がザワザワしてくる。何事もなしていない自分を責められている気がするからだろうか。
どちらにしても、霊園を歩き、いろんなお墓を見て歩くということは、いろんな人の人生に思いを馳せるということなのかもしれない。なんだか、谷中の霊園を散歩するときは、そんなことをいつも思う。あ、そうだ。谷中霊園を日暮里のほうから入って、上野公園に向かって歩いて行くと、春は桜並木がきれい。わりと人も少なくて花見の穴場ですよ。座り込んで見物することはできないけれど。ああ、そうか。そう言えば、きれいに咲く桜の下には…って話もあったな。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。
hisarin
こんにちは。以前日暮里に住んでいました。谷中霊園!近くの人はみなさんお花見に行きますね。わたしの住んでいた頃は(12、3年前でしょうか)、墓地の中の公園のあたりや道の端っこ、空いているところにシートをひいてお弁当やいろいろ。。。夜はちょっと覚えていませんがしていましたね。わたしは日暮里の生まれではありませんので最初はびっくりしましたが、たくさんの方がそんな風にしていましたよ。
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uematsu Post author
hisarinさん
谷中霊園情報、ありがとうございます。
貴重で興味深い情報なので、公開しました。
もし、不都合あればお知らせください。
僕が谷中の近くで住んでいたのは、6年ほどまえだったと思うのですが、
その頃にはシートをひいてお花見している人は見かけませんでした。
もしかしたら、僕が見かけていないだけかもしれませんが。
いま、誰かがシートを広げたら、マナーも関係なく、
場所の取り合いになりそうで怖いですね。
最近、僕は、お花見とか、花火大会とか、人が集まる場所が怖くなってきております(泣)