ストローは何本?
みんな大好き、カフェ小景。
と言いつつ、カフェというほどオシャレでもない喫茶店で、読書にいそしんでいたある午後のこと。三人の女性が僕の隣のテーブルに。
「空いてる、空いてるよ、この前の席!」
そう叫びながら入って来たのは、グレイの御髪の三人組の女性。一見上品そうではあるが、ここは、兵庫県尼崎。だいたい、東京の喫茶店とか、カフェで、「ここ!ここ空いてる!」と叫びながら入ってくる人は少ない。まあ、実際は同じように、空いてる席に狙いを定めてはいるのだけれど、叫んだりはしない。ササササッと小走りになって、我先にと席を抑えたり、真っ直ぐそこに向かっている人を大きく迂回しながら、先回りして席を取る人が関東には多いのである。いや、ほんと。無言で小競り合いするのである。
そこへ行くと関西はわかりやすい。目当ての席が空いていると、はるか遠くからまるでそこが自分の席であるかのように所有権を誇示する。周りにいる人たちも、そんなこと言われたら、わざわざ「座ろうと思っていたのに」ということも出来ず、おばちゃんたちよりも近くにいた人も、その席を諦めて離れていったりする。間違えてもその席に座っちゃいけない。座ろうものなら、後から来たはずのおばちゃんが、真横に立ち「おにいちゃん、この席やなんとアカン? 私ら前もここに座っててん」とわけのわからん言いがかりを付けられることもある(経験済み)。だいぶ、そういう強烈なおばちゃんの数は関西でも減ったけれど、絶滅はしていない。
さて、今日、尼崎の喫茶店で出会った一見上品めのおばちゃん三人組。最初は大人しかったんだけど、途中からヒートアップ。それぞれにサンドイッチを頼み、それぞれにドリンクを注文して、店員さんがそれを持ってくる。店員さんが去って、しばらくすると、
「ストローがないわ」と一人のおばちゃんが言う。
「私もないわ」ともう一人のおばちゃんが言う。
すると、残り一人のおばちゃんが、
「私はあるわ」という。あるんかい!と僕が思う。
で、騒ぎを聞きつけて店員さんがテーブルにやってくる。
「どうしました?」と優しい店員さん。
「ないのよ。あなた、ストローが」とおばちゃんが言う。
「私もないのよ」ともう一人が言う。
すると、店員さんがほんの少し怪訝な顔をして、
「申し訳ありません。ストローお持ちしますね」というと、
「お願いします。もうサンドイッチ食べたいねん。飲み物ないとノドつまるねん」と笑う。
「ストロー……2本で、よろしいでしょうか」と確認する店員さん。
「はい」と声を揃えるおばちゃん二人。
この時、隣のテーブルにいた僕は気付いたのさ。何に気付いたのかって? ストロー2本はいらないのさ。足りないストローは1本なのさ。なぜなら、「ストローがない」と叫んでいたおばちゃん二人のうち、一人はホットの紅茶を頼んでいるのさ!
僕があれま、1本でいいんじゃないのさ、と思った同じ頃、気付いたのはストローがちゃんとあったおばちゃんである。店員さんが行ってしまうのを待って、小さな声で目の前の二人に向かって、
「ちゃうちゃう。ストローいらんやん」と言う。
「なんでいらんの?」
「だって、ほら、○○さん、ホットやん」
「え…」
「あ…」
と、そこで三人はドラマのような見事な沈黙。そして、数秒後にあたりがビックリするくらいの大笑い。「ほんまやん。ホットやん!」と大爆笑しながら叫んでいる。
「ビックリしたわあ」とホットのおばちゃん。
「ビックリしたんはこっちやわ」と最初からストローありのおばちゃん。
「一緒になって、ないない言うから〜」とストローのなかったおばちゃん。
「あんたがない、言うから、わたしもや〜って」とホットおばちゃん。
そこに、店員さんがストローを2本持ってやってくる。
再び黙って、ストローを受け取るおばちゃんたち。
黙って、下がっていく店員さん。
「ちょっと、あんた、知ってたと思う?」とホットおばちゃん。
「え?なにが」とストローありおばちゃん。
「あの店員さん、ホットやのにって思てたんかな」とホットおばちゃん。
「そうちゃう?」とストローありおばちゃん。
「いややわあ、恥ずかしいわあ」とホントに顔を赤くするホットおばちゃん。
いやあ、いまどき「お客様はホットなんで」と言わずに、黙ってストローあげるほうが邪魔くさくないということなのか。「恥ずかしいわあ」と顔を赤らめるおばちゃんを遠くから冷ややかな目で眺める店員さんに、もうちょっと優しくしてあげてよ、と思うのであった。全国のみなさん。今日もアマは平和です。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。