鏡なのです : ふきの胡麻和え
最近、カナダのカレッジで介護士コースを受講していた時の体験を
頻繁に思い出すようになりました。
思えばなかなかできない体験がたくさんありました。
以前書いたMs.Mの話のように、思い出す折にお話ししていこうと思います。
Ms.Mの話の時にも書きましたが、コースの後半、私は3つの施設で実習を行いました。
その1つの施設に入所していたMr.Tは、寝たきりの方でした。
ベッドで体を起こすこともできないのですが、スタッフの介護に対してとても強い抵抗を示すのだと
聞かされていました。
スタッフの補助として初めてMr.Tのベッドサイドへ行った日、
聞かされていた通り、Mr.Tはスタッフに対する頑なな態度を見せました。
ベッドの手すりをがっちりと握りしめ、体を動かそうとしません。
それどころか、介護用パンツを取り換えようとするスタッフの手を強くひっぱたきます。
寝たきりとはいえ、Mr.Tは身長2メートル近くもあろうかという大きな人です。
殴られでもしたら大変なことになります。
「ほら、体を動かして!パンツを換えなきゃだめでしょ!」
スタッフ二人がかりでMr.Tの体を動かし、パンツの交換はなんとか終わりました。
「この人はね、本当に手がかかるのよ」と吐き捨てるように言うスタッフ。
おいおい、本人の目の前でそんなことを言うのかい?
ほとんど言葉を発しないMr.Tの反応が気になって、私は彼の表情を伺いました。
何かをぐっと我慢しているかのように見えたのは、私の気のせいだったのか。
数日後、私は夜勤シフトでの実習をしていました。
ほとんどの入居者さんが眠っているので、夜勤は昼よりも少し楽です。
ただ、2時間おきにそれぞれの部屋を回って状態を確認し、
下着が濡れていないかをチェックするということが昼のシフトとは違う点でした。
「今日のミカスの担当は、Ms.Nと、Mr.Sと・・・あぁ、Mr.Tね」
リストを見たスタッフが「気の毒に」と言わんばかりの顔で言いました。
「十分気を付けて。何かあったら大きな声で近くのスタッフを呼んでね」
まじか・・・。
薄暗い部屋へ入り、Mr.Tの様子をうかがうと、気配を感じたのか、かっと目を見開きました。
じっと私の顔を見ています。
「こんばんは。お邪魔をしてごめんなさい」
声をかけても無言のまま。私を見据える視線はゆるぎません。
「寝間着を確認させてもらってもいいですか?」
Noとは言わないし、動作にも拒否は見て取れない。
私は、少しびくびくしながらも手を進めました。
その時です、Mr.Tが私の顔へ向けて手を伸ばしました。
殴られる!
そう思って身をすくめた瞬間、彼の手が私の頬をそっと撫でました。
全身の力が抜けました。
以前、母の担当の医師に言われたことがあります。
「ミカスさんのいらいらはお母さんにうつりますよ」
確かに、私が自分の苛立ちを表に出してしまうと母も機嫌が悪くなる、
ということがよくあります。
Mr.Tも、自分に接する介護スタッフの苛立ちを敏感に感じ取っていたのかもしれません。
英語がまだまだだった私は、難しい言い回しができない分、
pleaseやThank youを丁寧に使うことで入居者さんたちへの粗相を避けるしかないと考え、
それを実行していました。
私の言葉の未熟さがたまたま功を奏したというわけです。
悪い感情もいい感情も、まるで波のように静かにでも確実に伝わっていきます。
私の目の前にいる人の態度は、私の態度が映し出されたもの。
鏡なんだなぁとつくづく思います。
昨日の母はとても機嫌よく一日をすごしました。
ということは、私も穏やかだったのでしょう。
ご機嫌ついでに庭のふきを山のように収穫してきてくれました。
ふきというと、毎回煮るばかりで、どうしてもワンパターンになってしまいます。
というわけで、今回は、薄い下味をつけたうえで胡麻和えにしてみました。
『ふきの胡麻和え』
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介護に限らず、日々の生活にはイライラすることがたくさんあります。
鏡とはいえ、笑っていられない時もありますよね。
我慢できない時もありますよね。
そんな時はここへ来て、思う存分愚痴ってください。
聞きますよ。
ミカスでした。
れこ
なぜでしょう。Mr.Tがミカスさんの頬をなでたところから、
読んでいて涙がぽろぽろ出てきました。
波ひとつない水面を鏡に喩えることがありますが、
自分の心が、時にざぶざぶ波立っているのに
気付いてしまったからかもしれません。
pleaseとThank you、大事な言葉ですよね。
ふき食べて元気出そうっと。
ミカス Post author
れこさん
今思うと、この実習中には何度も不思議な経験をしました。
20年以上経った今も、私の頬を撫でた時のMr.Tの顔を覚えているんです。
決して笑ってはいなかった。
とても強いまなざしで私をしっかと見据えていたあの表情は何を意味していたのか。
私の心も毎日ざぶざぶです。
だから、母もざぶざぶばあさんになるのかもしれません。
鏡なんだとわかっていながらも、毎日苦悩しています。