ゾロメ日記 №52 夏の人生劇場
◆7月某日 思わず笑う
お向かいのタガワさんのおじさんが亡くなった。
93才。わが家とタガワさんは、夫婦それぞれの年齢が93才&87才と全く同じで、結婚60年のダイヤモンド婚も過ぎた、町会内最高齢カップル両巨頭(!)だった。
葬儀関係が執り行われたのは家から徒歩10分ほどのセレモニーホール。義父母には果てしない距離だったので、お通夜には私が行った。蒸し暑い夕暮れ、耳鳴りしそうなほど蝉が鳴いていた。短い道中で汗がふき出し、化繊の喪服には汗がこもり、お焼香を待っている間、身体がむず痒くてたまらなかった。
順番が来て、初めておじさんの遺影を見た。おじさんは若く、60代ぐらいの頃に見えた。そして、思わずこっちに笑みがこぼれるような剽軽な表情をしていた。
◆7月某日 思わず泣く
タガワさんの告別式。
お通夜と告別式の概念は日本全国、その土地土地によってかなり違うらしい。福島(会津)では、お通夜は内々でやるもので、近所の人や仕事関係者は告別式のみに出席するのがふつうだ。東京はどちらかといえば逆。東京方式に則って告別式は欠席した。
義父は午後からリハビリだったが、迎えの車がいつもより遅かった。義父と私は、玄関のドアを開けて通りをぼんやり眺めながら、車の到着を待っていた。
そこに、告別式を終え、火葬場に向かうタガワ家関係者の車が、不意に現れた。セレモニーホールから火葬場に向かうには逆方向だが、回り道をして、故人が長年暮らした家の前を通ったのだ。
「お義父さん!タガワさんの車が通ります!」
私は、耳の遠い義父に叫ぶように言った。もっと説明が必要かと思ったが、義父はすぐに「そうか。今日は告別式か」と言うと、目をこらすように通りを見た。しかしすぐにその視線を空に向けた。そうすることで、半世紀以上お隣さんとして暮らした同い年との日々を思い出そうとしているのか、目をこらしても見えないことに諦めて視線を外したのか、あるいは、ただ夏の大気を吸い込みたくなっただけなのか、はわからなかった。いずれにしても、義父と私は、リハビリの送迎車が今日に限って遅かったおかげで、図らずもタガワさんを見送ることができたのである。
車は徐行しながら通過し、家の前でプオ~とクラクションを鳴らした。生前の若い時分のおじさんのキャラクターを彷彿させる遺影を昨日見たせいか、それは悲しいというより、ユーモラスな、どこかさっぱりした別れの挨拶にも聴こえ、だからこそ涙腺が刺激された。
30年以上前、私が今の家に同居を始めたばかりのとき、おじさんが、こちらに筒抜けであることも気づかず「しかし、向かいのヨメさんはガキみてえだな。ありゃ、いくつなんだ?」とデリカシーのかけらもないダミ声で奥さんに聞いていたことや、まだ幼かった頃の孫との庭先での珍妙なやりとりの数々、町内会の盆踊り会場の前を通過しようとしたとき、「なんだよ!寄ってかねーのかよ!」と笑いながら文句を言われたこと、などが次々と思い出された。
おじさんは昔からかなり耳が遠かった。なので、家のテレビの音量がものすごくて、おまけに、テレビのある部屋は通りに面していて、窓は常にほぼ開けっ放しだったので、通りすがりの人の間でもその大きさは有名だった。失笑すら買っていた。でも、近隣からは一切苦情はなかったようだ。きっとみんな長い付き合いだったので、「タガワさんだからしょうがない」と思っていたのだ。
晩年はほとんど外に出ることはなかったおじさんだが、たまに見かけて挨拶をすると、べらんべえ調の雰囲気は影をひそめ、好々爺にしか見えない微笑みで挨拶を返してくれた。なんだか別人みたいで物足りなかった。
タガワさん一行と入れ違うように、義父のリハビリの車が来た。車から降りてきた、上品なホストのような美形の若いトレーナーは、私の明らかな泣き顔を見て一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、何も言わなかった。髪を切った私にはよけいなコメントをしたのに、こっちが理由を言うのもやぶさかではないときは(なんとなれば、「今日は遅く到着してくれてありがとう」と言いたい気がした)何も聞かない。…ま、いいけどね。
■最近、読んだ本
『骨風』 篠原勝之/著
小説というより、自叙伝、手記であり、同時に、自叙伝や手記でもこれほど物語性に富んだ世界はないと思う。タイトルと、タレント「クマさん」として割れている面(容貌容姿)のイメージのせいで、ついその文章表現まで無骨、骨太などと形容したくなるが、それ以上に、繊細で率直で豊かで、でも閉塞感いっぱいのハードな世界だ。
ぜんたい、出自を、人は抗うべきなのか受容すべきなのか。抗うとしたら、その鎖を引きちぎるモチベーションは、自分を変えることから派生すべきなのか、守ることからなのか。そして、受容するなら、心のよりどころをどこに、なにに設定するのか…などなどを、ごつごつ、ざらざら、ひりひりする気分で考えてしまった。持って生まれたモノの価値に人はなかなか気づかない。背負わされて生きてきたモノの呪縛はなかなか人を開放してくれない。
生きるってたいへんだ。この本を読んだ今、この瞬間は、わかったような顔で「人生なんて、ムリせず気楽に生きればいい」などと言う人がいたら張り倒したい。すぐに薄まる感情なのだろうけれど。
あ、いまさらですが、小説として読んでもすごくおもしろいです。
by月亭つまみ
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
★毎月第一木曜日は、まゆぽさんの「あの頃アーカイブ」です。お楽しみに!
アメちゃん
なんか、、
タガワさんとお義父さんが最後のさようならができるように
お天道様が、お迎えの車を遅らせたんですねぇ。きっと。
(信号全部、赤にするとかしたんかな^-^)
それにしても、その美形のトレーナーさん。
美しい文字もさることながら
つまみさんの泣き顔について触れないところも
なかなかの美形ですね。
つまみ Post author
アメちゃんさん、そういうことって、我々が気づくよりもずっと「ある」ような気もします。
気づいたら、ああ、そういうことなのねーとふつうに受け入れればいいのかな、なあんて。
美形トレーナー、気が利くんだか、利かないのかわからないです。
いまどきの若者ってそうなのでしょうか。
義父のトレーニング風景の動画を見せてくれたことがあって、「気が利くじゃん」と思ったものの、撮り方が異常に下手でした。
「余談」と「不覚」の併用もどうなの?みたいな。
でもまあ、一生懸命やってくれている感じは伝わってきあすので、よしとしよう(なにさま?)。
爽子
図らずも、タガワさんとの最後のお別れができてよかったですね。
最近、お葬式がとても身近です。
ありがとう。。。そう言ってお見送りしたいです。
美形トレーナーさん、本当に字がきれい。
若い人なのに。
「くまさん」笑っていいとも!に出てた彫刻家の方ですね。
図書館リクエストのリストに入れました。
つまみ Post author
爽子さん、お暑うございます。
私も、葬儀関係に行くこと、多いです。
自分の年齢もありますけど、続くことってありますよね。
そして、つい、心がさほど波立つことなく通過させてしまってます。
私は悪筆なので、義父のリハビリの連絡帳に、このトレーナーと自分の字が交互に並ぶのがイヤです。
っち!イヤミかよ、と思います(被害者意識丸出し)。
くまさん、そうですそうです。笑っていいとも!に出てましたよね。
変わり者のゲージツ家という認識しかありませんでした。
ちょっとガツンと来る本なので、元気なときにお薦めします。