ゾロメ日記 NO.63 極私的富士ファミリー
◆1月某日 本屋大賞
「2017本屋大賞」のノミネート作品が発表された。この中で読んだのは2冊。ここ数年せいぜい1冊だったので倍増だ!?
『みかづき』(森絵都/著)は力作だ。「力作」という言葉、自分的には往々にして「労作だとは思うがあまり心に響かなかった長編」の感想に使いがちだが、今回も実はちょっとそう。すみません…って誰に言ってるのか。
志しと文章力の高い、かといって小難しくない優れた小説だとは思う。思うのけれど、今の自分が小説に求めるのはそういう方面じゃないようだ。この小説の読後感、なにかに似ていると思ったら『舟を編む』だ。
あらかじめ設定されている着地点が揺るぎなくて、揺るぎなさ過ぎて、登場人物や出来事や、社会情勢すらが、そのためにはめ込まれた作者本位のピース(紆余曲折、試行錯誤の展開が続いたにしても)に思えてしまう感じ。苦労も挫折もカタルシスも感動もある完成度の高い小説なので悪口が言いづらい感じ。描かれなかった空白の期間があるが、それこそ描いて欲しい感じ…などなど。
でも、矛盾しているようだが、最後はグッときた。教育に関して問題意識の強い人は、よりグッとくると思う。
『コンビニ人間』(村田沙耶香/著)は読者を選ぶ小説、かもしれない。ふつうじゃない人の話。
ふつうじゃないってどんな人?コンビニを介してじゃないと、身近な誰かの模倣じゃないと、世の中との関わり方がわからない人?じゃあ、ふつうの人ってどういう人だろう。苦労せずに世の中とすんなりやっていける人?全方位に対してそんな人、いるのかな。
発達障害者を描いている、いや、もはやサイコパスじゃ?といろいろな感想があるようだが、ヒロイン古倉さんは確かに「個性的」で、通常の範囲内のキャラ設定では処理しきれないほど独創的な人物だ。私は、彼女の「自分の欠落を知ることで生み出された効率的な自分の動かし方」は興味深く、その舞台がコンビニという通俗的で現実的な場所であることもとても面白かったのだけれど、彼女と関わることになる白羽さんという男性がどうにもこうにもダメだった。明らかに、一点の曇りなくどうにもダメなヤツとして登場するので、わたしの拒否反応は作者の筆力が確かなことの証明だが…ああ、ムカつくヤツ!と何度も張り倒したくなった。
◆1月某日 夜景と朝景を眺める
義父が救急車で運ばれたまま入院してから、もうすぐ二ヶ月になる。容体は良くない。一週間前、血圧や血中酸素濃度や心拍数などの数値が急降下して家族が呼ばれてからは、夜も誰かしらが付き添っている。
ほぼ夫が泊まっているが、昨夜は私が泊まった。七階の病室は東京湾に面していて、海だけではなく、電車も高速道路も観覧車も、晴れた日には富士山もよく見える。夜景もなかなか美しい。この夜景は、観覧車の灯りが最小限に落とされた夜九時過ぎのもの。写真、下手。
真夜中、また数値が急降下した。血中酸素濃度は今までになく低い数字だったので、家にいる夫、そしてちょっと迷ったが、隣県に住む義姉にも連絡した。みんなが集合するのを待っていたかのように、数値は…持ち直した。これで持ち直すのは三回目。大正生まれの底力発揮中。でも、急降下の頻度は明らかに増えている。
とりあえず、私以外は家に戻った。ちょうどその頃、夜が明けてきた。キンと冷えて晴れた冬の夜明けは美しい。病院内は暖房がよく効いているが、窓の近くに立つと、ガラスを通して外の冷気が伝わってきて寒い。視線を、朝焼けに染まる東側の窓から西側に転じると、いつも以上にくっきりした富士山がそそり立って見え、なんだか虚を突かれる。
富士山が見える病室で、「おとうさん」の容体に一喜一憂、右往左往する我が一家は、ある意味、富士ファミリーだ。おとうさん、がんばれ!
by月亭つまみ
★毎月第一木曜日は、まゆぽさんの「あの頃アーカイブ」です。お楽しみに!
爽子
おとうさん、大正生まれの底力を見せてくれますね。
つまみさん疲れてるでしょうに。
付き添いはとにかく疲れます。
気づかないうちに、疲れってたまってるんです。
自分の体のことも、気を付けてくださいね。
つまみさんの本の紹介は、わたし大好きなんです。
今回の二作は、スルーするかもって、オイ。笑
はらぷ
つまみさんだけが知る風景を、かいま見せてもらったような気持ちです。
私が寝ているあいだに、つまみさんはこんなふうに夜を明かしていて、同じように世界のどこかではいろんなことが起きていて、あたりまえだけど、人の数だけ世界があんだな、と思いました。
付き添いって、心はつねに緊張しているし、もう非常時なんだけれど、体はいがいと暇なんですよね。妙にするどくなった感覚のまま、いろんなことを考えたり、いつもは気付かないことが見えたり聞こえたりする。
ところで、富士山って、いちいち人生の大事な時間に登場する気がするんですけど、ほんとあなどれない。
東京湾岸富士ファミリー、がんばれー!
つまみ Post author
爽子さん!いつもあたたかいコメント、ありがとうございます!
実母、兄、実父と、オバフォー以降は付き添いと5年以上は無縁ではいられない人生です。
確かに疲れますよね。
ただ、実母のときは、母は一人暮らしだったので、「身体を休めに病院から家に帰ってもそこには誰もいない」という孤独感がハンパなかったです。
いろいろシェアできる今回は、精神的にはずっとラクです。
その分、あのときは友達のありがたみを痛感しました。
いつまで続くかわかりませんが、息抜きしつつ、やります。
本の紹介のこと、そんな風に言っていただけて、すごくうれしい!
私も、今回の本の再読はないなあ(^^;)
その代わり(?)、昨夜、付き添い中に一気読みした『床屋さんへちょっと』は再再再再読ぐらいでしたが、よかったです。
【このさきなにが起こるかはわからない。その不安に打ち勝つためにはいまをがんばるしかない】
沁みた~♥
爽子
床屋さんへちょっと。も、つまみさんに教えてもらって読みました。
お気に入りです。
つまみ Post author
はらぷ殿、おはようございます!
人の数だけ、世界があんだよねー。
私も、常日頃はそんなことを考えていないけれど、病院の付き添いをしていると、働いているナースや、夜中に通用口で眠い目をこじ開けている警備員さんも含め、相部屋のときは同室の人たちの家庭環境が、聞く気がなくても漏れ聞こえてくるし、夜中の待合室には先客がいたりもして、自分以外にも濃い世界が拡がっているのだなあと思います。あたりまえだけど。
そうなの!付き添いって暇なのだ。
中にはもちろん、その時間を有効に使っている人もゴマンといるだろうけど、私は本を読むか、イヤホンを片耳だけに入れて音楽を聴くか、ぐらい。
考え事も、何かを深く追求するというより、次々に右から左に流している感じです、私は。
富士山、実は若い頃はあまり身近に感じたことがなかった山。
間近に見た経験は2回ぐらいしかないけど、それより、中年になって東京からある種の感慨を持って眺めて、気持ちを持ってかれることの方が多いです。
新規図書館の立ち上げでテンパって、屋上で夕焼けに染まる富士山を見て泣いたり(^O^)
つまみ Post author
おおっ!ありがとうございます。
時間をおいて読むと、それまでとは違ったところでハッとすることを今回も知りました。
今回は、やたら勲さんのマネをする奥さんにグッときました。
ハッとしてグッ(byトシちゃん)
うさみーる
富士山はやっぱり変わってます。
でかいからこちらの気持ちが反射するのかな。
その土地その土地に味のある山があって
そこに住んでる人の記憶に残るのかもしれないとか思いました。
何度も読んじゃう本って1冊あると心細い時安心するのだよなぁ。
つまみ Post author
うさみーるさん、こんばんは。
富士山って、やっぱり日本のソウルマウンテンなのかもしれないですね…英語にする意味、不明ですけど。
眺める分には、もはや巨大な仏像みたいな。とはいっても、自分の中では大仏とか観音像ではないんだけど。
気持ちを反射するってわかります!
中学時代、福島の吾妻山に向かって通学してました。
もちろん、遠景ですけど、ずっと正面に見えてて、そこからの風が強くて、冬はほぼ泣きながら自転車を漕いでました。
吾妻小富士、雪うさぎ、と叙情的に語られることが多い山ですが、私にとっては世間の荒波の原体験みたいな山です。
実際に登ったときも(車でだけど)風が凄くて、記念写真も、吹き飛ばされそうなかっこうで、今見ても笑えます。