【月刊★切実本屋】VOL.6 麗しき通俗小説界のニューカマーはなっちゃんだ!
15年ぐらい前、久世光彦が書いた黒木瞳に関する文章を読んで、自分は通俗小説が好きであることを確信しました。
こどもの頃から久世ドラマはよく見ていましたが、文章は読んだことがありませんでした。が、たまたま手にとった女性誌の黒木瞳特集に寄稿されていた彼の文章が妙に心にヒットしたのです。ちょっと長くなりますが、文頭を引用します。
通俗の恋愛劇や家庭劇、あるいは通俗のサスペンス劇に出てくる黒木瞳を、ぼんやり見ているのが好きだった。<通俗>をバカにしてはいけない。<通俗>は、たとえば<世の中>ほどの意味で、言い直せば<私たちが生きている>ということだ。私なんか四十年の間、<通俗のドラマ>しか撮ったことがない。私はよくあるシチュエーションと、よくあるストーリーのドラマを作るのが大好きだ。大上段に振りかぶった大作や、奇を衒った不思議なドラマは性に合わないらしい。――<通俗劇>は面白い。なぜなら<芝居>の宝庫だからだ。(後略)
「Grazia」2003年2月号より
黒木瞳論なのに、本題に入る前のみの引用でナンですが(悪意はない)、これが腑に落ち、視界がクリアになったというか、肩の力が抜けてホッとしました。
自分はずっと通俗小説が好きだったくせに、そう表明したことはありませんでした。バカにしていたわけではないけれど、なんとなく口にしなかった。でも久世さんの文章は、そんな私の「なんとなく」にひそむ見栄というか、読書通ぶった自意識というかを払拭してくれたのでした。それからです、威風堂々と(←言葉の使い方が違うけど)「私は日常至上主義。ふつうの人が描かれたわかりやすい展開の小説が好き」と標榜するようになったのは。
そんな通俗小説の代表が以前、この【帰って来たゾロメ女の逆襲】で「第1回ゾロメ文学賞」に選定した『床屋さんへちょっと』(山本幸久/著)です。
通俗小説の定義は人それぞれだと思います。エンタメ小説、大衆小説、直木賞を獲るような小説、それら全般、を呼ぶこともあるかもしれません。でも私は少し違います。久世さんの言葉に背中を押してもらった気分で、独断と偏見を承知で書くと「設定と展開はわかりやすく、そこに不自然さはないのに先が読めない小説」。あくまでも「先が読めない」です。久世さん言うところの「私たちが生きている」ってそういうことだと思うから。
さらに、調子に乗って【麗しい通俗小説】の定義も開陳するならば、「着地点は昨日の続きの日常のままなのに、読み終わると地味な毎日がちょっとだけ愛おしくなっている小説」です。だってさ、日常やルーティンワークの気分の底上げの方がイベントより大事じゃん(なんだ、この口調)。
この分野は、相当な力と技を持った人にしか書けないと思います。不条理だったり雰囲気重視の偏狭な小説なんて誰でも書けます(断言したぞ!)。万人に向けられたかのごとき身近な設定で人の心を動かし、読者が、読む前と読んだ後で自分の居場所が違っているように感じるような小説を書く技術は本当に高度だと思うのです。
具体的に言うと、山本幸久、平安寿子、重松清、荒木源…などが書く作品が、私にとっての通俗小説です。もっといるかな、いる気がするけれど。
そんな極私的通俗小説ワールドに、最近あらたな作家が加わりました。宮下奈都さんです。
『よろこびの歌』や『太陽のパスタ、豆のスープ』、そして本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』では特にそれを感じませんでしたが、『神さまたちの遊ぶ庭』で「ん?」と思い(エッセイなのに)、最新作『つぼみ』で確信しました、通俗小説界に頼もしい書き手が登場したぞ、と。
『つぼみ』は6編が収められた短編集でどれもいいのですが、特に最後の「ヒロミの旦那のやさおとこ」はまさにまさに!でした。
美波、みよっちゃん、ヒロミは、近所に住んでいる、イケてない同い年の女子3人組。特に、身体が大きく、腕っぷしも鼻っぱしらも強いヒロミには、女子というより人としてどうかと思うようなバイオレンスなエピソードの噂にも事欠かず、3人は小学生から中学卒業までは地味にだらっとツルんでいたのでした。でも、高校から疎遠になってしまいます。
月日は流れ、もうすでに家を出てしまって久しいヒロミの家に、ヒロミの旦那とおぼしきやさおとこがやってきます。そして美波に、無自覚なのかそうでもないのかわからない秋波を送りながら「ヒロミがいなくなってしまった」と言うのです。
さて、ヒロミの失踪の理由は?あんなヒロミとこんなやさおとこが夫婦になった経緯は?そもそも、ホントに夫婦なの?もしかして、ヒロミは中学までとは別人のようになってしまったのか?…。
ああ、おもしろかった。明日もがんばろう。VIVA!通俗小説!
by月亭つまみ
第1木曜日 まゆぽさんの【あの頃アーカイブ】
第2木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 月刊 切実本屋】
第3木曜日 はらぷさんの【なんかすごい。】
第4、5木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 ゾロメ日記】
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