ゾロメ日記 NO.83 ジンベエザメの研究
◆3月某日
パートで小学校の司書をしているが、今年度最後の出勤日のこと。
お天気が悪くて外で遊べないせいで、昼休みの図書室は盛況だった。単に、追いかけっこの「通路」として図書室を駆け抜けていく、どの時代にも必ず出没してきた「すっとこ男子」もいるにはいたが、概ねそれぞれの本に没頭していて、人数のわりに静かだった。
そんななか、カウンターの近くの席で、1年生のタキモトさんという女の子が図鑑を見ながら、「へんだなあ。ちがうなあ」と言い続けていた。ひとりでだ。明らかにこっちを意識しているので、近寄って「どうしたの?」と聞くと、「ジンベエザメの写真がちがう」と言うのだった。
写真がちがう?とっさに意味がわからない。
見ると、机にはA3の紙があって、そこに大きく「けんきゅうテーマ ジンベエザメ」と書かれている。その下に、彼女が描いたとおぼしきジンベエザメの絵と、ジンベエザメについての説明らしきものが記されていた。
研究?「理科の授業でやってるの?」と聞くと、「ちがう。自分で勝手にやってる」
勝手って…自主的ってことかな。なんで?まあいいか。「写真がどうちがうの?」と質問を変えると、「このまえ、図鑑を写して描いたんだけど、この写真じゃないの。ほら、ちがうでしょ?」そう言って、タキモトさんは自分の描いた絵を指さしたのだけれど、なんていうか、そう、はっきり言って絵のクオリティが低すぎて、こっちには、模写された絵がこの図鑑の写真を見て描いたのかちがうのか、まったく判断できなかった。
「図鑑は他にもあるから、別の図鑑の写真だったかもしれないね」と言ってみると、「でも、ジンベエザメはジンベエザメだよ。ヒレがこうじゃないもん。ほらね」。ほらねと言われてもなあ。申し訳ないけれど、写真と彼女の絵とのヒレのちがいがわからない。数?形?位置?
「でも、ジンベエザメのヒレもいろいろあるんじゃないかなあ。人間もいろいろな人がいて、顔とか足の長さとかがそれぞれちがうみたいに」と、もともと特別なオンリーワン的なことを言ってみた。自分でも、なんか、何にでも、どんな局面にでも使える、音楽界で言うところのショパンの「別れの曲」みたいなセリフだなと思った。でも言っているうちに心から本当な気がして若干熱がこもる。大人はそういう、帳尻合わせという意味でも姑息なのだ。やだやだ。
「ふ~ん」タキモトさんはあまり納得はしていないようだったが、めんどくさくなったのか、この人にこれ以上言ってもしょうがないと思ったのか(こっちの薄さを見透かしたのかもしれない)一転、自分がいかにこの研究をがんばっているか、についての講釈を垂れ始めた。何時間もかけているらしい。
「ほら、いろいろ調べたの。ジンベエザメって、歯もいっぱいあるんだよ。何百本も。知ってた?」何百本!?それは知らなかった。わたしは、ジンベエザメの歯の数そのものと、それを知っているタキモトさん両方に「すごいんだねえ」と言った。そして、絵の下に書かれた「ジンベエザメのせいかつ」という欄に目を移した。
そこには、タキモトさんのおっきな字で、ジンベエザメの生態が説明されていた。コバンザメや一生のことも。途中、ジンベエザメが「ジンベエザ」になっていた。ありがちだ、でも指摘するのもちょっとどうかな、と思いながらさらに読み進むと、終盤にこう書かれてあった。
「ジンベエは、イワシやプランクトンをたべます。」
ん?ジンベエ?
ジンベエだって!!人か?甚兵衛さんかっ!?
お、可笑しい。可笑しすぎる。ダメだ。ツボに入った。
必死に笑いを噛み殺し、上ずった声で「こ、ここ、ザメが抜けてるかな。ジンベエだと、人みたいになっちゃうね」と努めてやんわりと言うと、タキモトさんは妙に大人びた口調で「あら、ほんと。言っとかなきゃ」と言った。誰に?あ、そうか。
「これ、誰かと一緒に研究してるんだね。その人が書いたのかな」と、間違えたのはタキモトさんじゃないのね的な察しの良さをアピールすると、彼女は屈託なく答えた。
「ううん。わたしひとりでやってる」
う~ん。1年生の研究はなんだかいろいろな意味で奥深そうだ。これにも研究の必要があるかも。
ま、来年度になってから考えようっと。
by月亭つまみ
【木曜日のこの枠のラインナップ】
第1木曜日 まゆぽさんの【あの頃アーカイブ】
第2木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 月刊 切実本屋】
第3木曜日 はらぷさんの【なんかすごい。】
第4、5木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 ゾロメ日記】
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
爽子
いいなあ。面白いですね、そんな小学生とのふれあいがあるなんて。
子どもって、すごく面白い。
ジンベエさんに、よろしくお伝えください。
あ、はい。言っとくね。。。という答えが返ってきそう。
つまみ Post author
爽子さん、こんばんは~。
小学生、大人と違って予測不能なことを表明するので、気が抜けません(大人にはしょっちゅう気を抜いて、予定調和な会話に終始しますが)。
この前も、3年生の教室に行ったら(もちろん先生に用事があったから)「なんでこんなところに来たの?」と言われて絶句しました。
なんで、って。
しかも、こんなところって。
どうやら学校司書は、図書室の番人らしいです。
確かに、ジンベエさんによろしくと言ったら「うん。言っとく」と言いそうです(^^;。