◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第18回 真剣さについて
障害を持つ子どもたち(成長した大人も含む)の音楽療法のボランティアに時々参加している。コンスタントに行っているわけではなく、空白の数年間があったりもしたのだが、延べ年数は長く、初めて会ったときはひと桁の年齢だった子が30代になっていたりして、ちょっとのけぞる。
崇高なこころざしがあって、始めたわけでも続けているわけでもない。夫が知り合いの紹介で行き始めたので、なんとなく同行したり、しなかったりしているうちに、いつのまにか四半世紀以上経ってしまった。
ふつう、そのくらいになれば、続ける意味を考えたり、自分の立ち位置を模索したり、主催者側から役割を振られたりしそうなものだが、特にない。永遠の下っ端構成員である。
トーンチャイム、ハンドベルなどの楽器を配ったり回収したり、歌詞を書いた紙をホワイトボードにマグネットで貼ったり、後片付けをしたり、おかあさんや音楽療法士の先生と雑談をするのがわたしの仕事(?)だ。齢と共に、人見知りも構えも薄れてきたので、ものすごく久しぶりに参加し、周囲は初対面のヘルパーさんまみれだったりしても、ヘラヘラ気安く振る舞える。VIVA!加齢!である。
…と、そんな感じで長くやってきたのだが、最近、少しずつボランティアに対する自分の気持ちが変わってきた気がする。このところ参加する頻度が上がったこと、夫がヘルパーさんに近い仕事を始めたことで、ヘルパーさん側の視点に以前より想像が及ぶようになったこと、によるかもしれない。
最近参加するようになったMちゃんは小学2年生の女の子だ。常時、車椅子だが、上半身の動きは活発。言葉を発する様子はあまり見られず、いつも「泣き出す三秒前」みたいな表情をしているが、それは真剣さの顕れである。この月イチの音楽療法の集いが大好きで、とても楽しみにしているらしい。
この会は、音楽に合わせて身体を動かしたり、上述の楽器で演奏をする、というのが主な活動内容だが、Mちゃんは家で練習してくるそうだ。
先日の会でも、必死の形相でトーンチャイムを鳴らすMちゃんは見ものだった。必死過ぎて、真剣さが大気圏を突破していた。自分のパートが終わるたびに感極まって泣いちゃうほどで、その可愛さったらなかった。
いつものプログラムが進み、終盤になったところで、Mちゃんがひどくぐずり出した。おかあさんがニコニコしながら「まったく!Mが怒っちゃって」と言う。聞けば、「いつも3番目にやる曲が今日はなかったって不満なんですよお」とのこと。見るとMちゃん、大粒の涙で顔がぐしゃぐしゃ。…これまた可愛い。
いつも3番目にやっている(という認識がわたしにはなかったけれど)のは、会のオリジナルテーマ曲で、会を作った療法士の先生(故人)が作詞し、現在の先生が作曲した手話付きの曲である。Mちゃんはこの手話を家で練習しているのだそうだ。
Mちゃん、忘れちゃってごめんごめん、と、みんなで謝って急遽演奏し、Mちゃんの機嫌が直った(でも、真剣なので顔はけわしい)。わたしはその姿に胸打たれ、自分の目からウロコが落ちる音がした。ぽろぽろぽろと。
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重度の障害があると、肉親や介助者や、わたしのようなど素人でも、その人の安全にとても神経を使う。なぜなら、ちょっとしたことが命の危険に直結するから。わたしが参加しているボランティアは重度の障害を持つ人が多いので、そういう意味では気遣う箇所満載だ。
でも、三番目の曲をやり忘れたことに、Mちゃんとおかあさん以外は気づかなかった。そのことにはさほど気遣っていなかった。なぜなら、曲を飛ばしてもMちゃんの安全に支障はないから。
でもそれはあくまでこっちの論理だ。Mちゃんにとっては、会でやる曲は、順番も含めてとてもとても大事なもので、安全とか生きる意味とか希望とかに何ら劣らないもの…というより、それらそのものなのかもしれない。
安全も希望も、単体ではなく、いろんなものを内包して存在する概念だ。もしかしたら、Mちゃんのそのど真ん中にあるのが、曲順であり、三番目の曲なのかもしれない。であるならば、われわれは最強レベルで気遣うべきだった。
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あらためて「真剣」ということについて考える。真剣さは、ルーティン化傾向にある場に、あらたに風を通し、覚醒させ、なんとなら予定調和をぶち壊し、世界を変え、その世界を拡げる気がする。もしかしたら、真剣さだけにしかそれはできないのかもしれない。
Mちゃんを手本に、私も真剣になって、私なりに世界を変えたいものだと思った。変化はちっぽけかもしれないし、そもそもすぐ真剣さを忘れてしまうけれど、この「やっかみかもしれませんが…」もそんな意識で書けたらいいなあと思う。
というわけで、これをもって、今年最初の「やっかみかもしれませんが…」とさせていただきます。ちょっと暑苦しい内容になりましたが、お許しください。今年もよろしくお願いします。
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ちなみに、Mちゃんは車椅子上からよくハイタッチしてくれる。「泣き出す三秒前」みたいな例の顔で。
by月亭つまみ