第103回 時をかける少女 と ジブリがいっぱい
新・山本二三展を見に行きました。
2023年惜しくもこの世を去った山本二三(やまもとにぞう)は、彼にしか描けない背景画でスタジオジブリはじめ数々のアニメーション作品を支えてきたアーティストです。
ポスターカラーで描かれた手描きの背景画は、恐ろしいほど細やかで、湿度や深度を感じさせ、それ自体が美しい。いくつかの大判をのぞけば、サイズはおよそ縦25×横38㎝くらいです。この視界にすべてを納められる範囲で精緻に描き込まれた画が、映像でどのように見えていたのか確かめようといくつか作品を見返しました。ひとつだけ選ぼうと考えていましが、絞りきれない!と言うことで、長くなりますが、発表年の新しい順から。
うまく写真が挿入できなかったので、彼が作った美術スタジオ 絵映舎(かいえいしゃ)のURLをご案内します。記事は読まなくても(笑)画像を見ていただければ嬉しいです!
https://www.yamamoto-nizo.com
===
「時をかける少女」(2006)
山本二三が美術監督をつとめた最後の作品。筒井康隆の原作は1965年発表ですが、アニメの時代設定は映画公開時とほぼ同年。
タイム・リープ能力を得た主人公や他の登場人物の顔などに影がなく、いかにもアニメという印象ですが、彼らが生活している場所は違います。おそらく山本が工業高校で建築設計を学んだことからでしょう、屋外でも室内でも透視図がピシッときまっていてけっして漫画的ではありません。しかし、細田守監督とともに東京でロケハンした町は、決して写真から起こしたようなフォトリアルではない。そこが魅力です。
タイム・リープで何度も登場する下校途中の分かれ道やとくにグラウンド、ドラッグストアの濃い日陰など、暑い夏の日差しが感じられます。写真を撮ると白飛びしそうな明るさが、フィクション感を高めています。
主人公真琴の家はノウゼンカズラなど塀からこぼれるように花々が咲いています。曲がり角から二階の勉強部屋を見上げると幾何学デザインのガラス窓。ゴーヤ棚のある庭から中を見ると八枚ガラスの広縁の戸、その内側には腰付き横額障子、奥の廊下と部屋を隔てる縦額障子と、建具のディテールだけでも、むかしからあるお家なのだろうと想像できます。その他ドラッグストアの店頭も見飽きないです。
屋内外の細部を見ていても楽しいのですが、この作品のみどころはなんといっても雲・空です。土手の夕暮れや、青空に湧く入道雲を見ると、熱中症警戒アラートのなかった夏がよみがえります。
===
「もののけ姫」(1997)
山本二三、男鹿和雄、武重洋二、黒田聡、田中直哉の美術監督5人体制でつくられました。山本二三が担当したのは主にシシ神の森。屋久島を訪れ取材した話は有名です。
映画を初めて見た時は緑が深いなという印象だったけれど、原画はそれ以上でした。苔のもりあがりやごつごつした木肌を覆う地衣類が、3D映像のようにこちらに膨らんで見えるのです。これは私の知っているポスターカラー(の絵)ではない!と、愕然としました。
なかでも大判には圧倒されます。コロコロと音を鳴らし首が回るコダマが現れる46.6×38.0 ㎝の「コダマの道」は、足を下ろすとじわりと水が浮いてきそうだし、アシタカ視線で見渡す23.2×157.0の「シシガミの森」は、高い木々に覆われ、池に差し込む光が荘厳さを帯び、たしかに何かが棲んでいる。鬱蒼としているのにひやりとした神聖さを湛えています。
目力のある、輪郭線のしっかりしたキャラクターが落ち着いた演技ができるのは、背景画がこれほど広く深く雰囲気を醸し出してこそかと感じ入りました。
===
「火垂るの墓」(1988)
焼夷弾で燃え上がる家々、疎開先のむっとした夏の緑、暗い防空壕など真に迫っており、想像で描かれたにもかかわらずその生々しさゆえに、画面に見入ってしまいます。映像になるとさらに情感が増します。映画は、繊細なアニメーション(特に節子)と高精細の背景が。高い緊張で引きあい均衡をたもっているように見えます。
===
「天空の城ラピュタ」(1986)
野崎俊郎との美術監督二人体制で作られました。網のように張った木の根で飛行石を覆ったオーバーテクノロジーの島ラピュタが飛んでいくのが絵空事に思えないのは、質感・素材感や構造の細部が描き出されているから。見るたびに、海賊のマンマ、ドーラに励まされます。
===
「劇場版 名探偵ホームズ 青い紅玉(ルビー)の巻/海底の財宝の巻」(1982)
犬のホームズとワトソンが難事件を解決する。可笑しさ・面白さのなかにちょっとだけ真面目さが覗く、全世代向けエンターティンメント作品。TMSエンターティンメント作品の宮崎駿演出話セレクションです。
20世紀初頭のイギリスの建造物はレンガのひとつひとつが塗分けられ、室内は壁紙の模様、家具の装飾、壁にかかる額ぶちなどで生活感が醸し出されています。かわいいキャラクターたちと、お話の筋とは関係ないところでドタバタしている遊び心あふれるアニメーションが好き。背景もアニメーションも手描きの線がたまらなく良い!
==
「じゃりン子チエ 劇場版」(1981)
1950年代の大阪の下町を舞台とした作品。山本は高畑勲監督とともに大阪の下町を泊まり込みでロケハンしたといいます。漫画の雰囲気を損なわないよう工夫された彩色は他のアニメ映画とは違った風合いを持ちます。テツ役はTVシリーズと同じ西川のりお。横山やすし、西川きよし、桂三枝(当時)ら声優に吉本の芸人たちを揃え、昭和感あふれる作品。TMSエンターティンメント制作
===
どれも発表年がずいぶん前なのに驚きます。懐かしく感じるとともに、面白さや美しさを再発見したOIRAKUのアニメでした。
会場には、故郷・五島列島を描いた「五島百景」から何点か出展されていました。アニメーションの背景画とはまた違った趣があり、どれも気持ちが安らぐ作品です。年に数か所ですが、お近くに巡回があればのぞいてみてはいかがでしょうか。