ゾロメ日記 №55 「メメント・モリ」と「天才!」本の感想文劇場
◆9月某日 メメント・モリ
「死にそう」「死ぬかも」などという言葉を気軽に使う人(「死にたい」はまたちょっと別枠)は、なんだかんだ言っても、心身が健康というか丈夫というか幸せというか、なんならちょっと無神経なんじゃないか、とずっと思っていた。
年齢と共に身近な死も経験するようになり、特に、親や兄弟やペットの最期に立ち会ってからは、死に対するイメージが変わったような気がする。感情に占める悲しさの割合は圧倒的なままだが、そこに付随しているのが敬虔さや怒りや絶望…だけではないことに気づいた。ほんのわずか、本当にわずかだが、安堵や親密さの気配も感じたのだ。
これって、悲しみに自分を持って行かれないための自己防衛本能かもしれない。が、思っていたより生と死の境目はあいまいで、物理的にも精神的にも地続きなところもあるような気がしたことは、怖いけれど少しだけ心強い。
同時に、死はどれも唯一無二で、同じ死はひとつとしてないのだ、ともあらためて実感した。別れが間近なことは頭ではわかっていても覚悟なんてできないのは、その存在に取って代わるものがどこにもないからだ。身近な死は、あらかじめ想定しきれない生々しい感情を一からやっていくことでしか、受容も諦めも不在感を持ち続けることもできない、と思い知った。
なので、死に尊厳を抱くとしたら、神格化して崇高な化粧箱に入れ、安易に「死にそう」「死ぬかも」なんて言わないようにする…ことより、十把一絡げにしないこと、わかったつもりにならないことだ、と思うようになった。
メメント・モリ(死を想え)は、文学のひとつの肝だと思う。
エトガル・ケレットの『あの素晴らしき七年』というエッセイがすごい。
イマドキ風なライトな文体(訳文だけど)、シニカルでブラックユーモア的な視点、自分を開示するさじ加減…が、ちょっと村上春樹に通ずる気がする。訳者あとがきでも【無国籍的な作風やポップな奇想、そして翻訳を通して各国語で読まれる現代の「世界文学」作家として、両者は似た位置にいるのかもしれない。】と、ケレットと村上春樹の共通性が言及されている。
そう、このエッセイも「やれやれ。」が似合う、間違いなく。ただ、両者の執筆環境(?)には明らかな違いがある。ケレットは、父親がホロコーストを経験した、イスラエル生まれで現在もテルアビブ在住のユダヤ人なのだ。
ケレットの日常は現在のイスラエルの現実だ。妻の初めての出産を待つ病院が、テロによる緊急事態という状況化のまっただ中だったり、イランから爆弾投下の噂があるのでみんな家の修繕を躊躇したり(どうせ無駄になるから)、日常的に響く空襲警報で年端もいかない息子が「パパ、ぼくちょっとキンチョーしちゃう」と恐怖を回避した絶妙な表現を使っていたり、している。生と死が隣り合わせで、でも彼の筆致はユーモアに満ち溢れている。不謹慎かなと思うくらい、おもしろく読んだ。
ケレットの父親は、戦後、イタリアに渡って、ライフルの調達に一役買ったり、マフィアの所有する娼館に住んだりして「人生で最良の時」を過ごしたという。父親が知り合った闇社会の面々は、ハッピーで思いやりにさえ満ちていて、なにより、父親はそこで人生で初めて「自分がユダヤ人だという事実を、恐れたり、隠したりしなくてよかった」のだ。
息子は、父がイタリアで暮らした63年後にブック・フェスでシチリア島を訪れ父を思う。そしてそこに、希望に似た可能性も思う。
素晴らしい文章だ。今の彼にしか書けないという意味でも。
このエッセイの後に、同じくケレットの『突然ノックの音が』という短編集を読んだが、シュールな内容と、危険と隣り合わせの緊張と、お門違い(?)の脱力、それぞれが拮抗する感じで、これまたとてもおもしろかった。
◆9月某日 天才!
津村記久子著『枕元の本棚』を読む。
なんなの、この人!?天才だ。
津村さんは小説もおもしろいが、書評もすごいのであった。紹介されている本のほとんどは正直そそられないジャンルなのに、とりあえず、かたっぱしから読みたくなる。実際に読むか否かは別として、「これを読んでいない自分は、人生ですごく損をしてるんじゃないか」と焦燥感を覚える。恐るべき表現力&書評力。
どのページも、ネガティブさを内包した前向きさ、書き手と本そのものへの敬意、多様性を前提に生きることへの肯定、に満ち満ちている。
どれも素晴らしいが、『ひらがな暦』の章は白眉だ。「日々を大切に生きなさい、などと軽々しく言って追いつめないでくれ」や、「『大切に生きていない人』を諭すことによって何かを奪い取ろうとする人。日々を楽しむ『余裕』の裏には有象無象の思惑が渦巻いている。」という表記に心癒される。津村さんの澄んだ嘘くささのない視点に心から共感を覚える。
喫煙者じゃないのに、うっかり『禁煙セラピー』も読みたくなった。
さすが、天才!
by月亭つまみ
★毎月第一木曜日は、まゆぽさんの「あの頃アーカイブ」です。お楽しみに!