◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第31回 思い立ったらやってしまえ
今年93歳になる義母は、現在、特養(特別養護老人ホーム)に入所している。
義母は、健康でいつも機嫌がよく、それが未来永劫続くような印象の人だった。
自身も「丈夫だけが取り柄」と言い、家族がみな風邪をひいても、義母だけはひかず、特に健脚であることが自慢だった。そんな義母が足に違和感を覚えたのは70代前半で、思えばもう20年前になる。
いろんなことを試した。付き添って一緒に行った治療院や病院の数は2桁になると思う。大きな病院で、頸と腰の、わりとハイリスクな手術も何度かし、退院早々転倒したりもして、入退院を繰り返した。ある年は、入院(リハビリ専門病院を含む)している日数の方が自宅にいる日より多かった。足の動きは、どんどん悪くなった。
歩けなくなることを義母はとてもとても恐れた。リハビリでは常に優等生で、どこの病院、どの介護施設でも「ものすごく頑張り屋さんですね」と言われた。が、思うような効果はなく、徐々に歩行器が手放せなくなり、他の疾病も相まって、義母は元気じゃなくなっていった。認知症はあまり進行せず、生来の善良さから機嫌の悪さを人に見せようとしないところが、なおさら痛々しかった。
複数の老人保健施設や自宅介護を経て特養に入るタイミングと、義母の完全車いす生活への移行のタイミングが重なった。去年の2月のことだ。その時点で、専門家を含む全員が「このまま一気に認知症や衰弱が進む可能性は高い」と思った。
実際、一昨年ぐらいから体重の減少が顕著になっていたし、思い出話を引き出そうとしても「覚えていない」を連発し、「ひ孫に見せる写真を撮るから笑って」と言っても、こわばった顔が緩むことが難しくなっていた。なすすべのない残酷な現実に押し流されているような気がした。
ところが、である。特養に入所してから一年で体重が3キロ強も増えた。30キロ台の体重だから実に1割分も増えたってことだ。顔色と表情も明るくなり、面会時(テレビ電話も含む)の会話も弾むようになった。記憶も明瞭になってきた。体調がよくなって、物事を考えるのが以前より億劫ではなくなったような感じなのだ。
コロナ禍という予期せぬネガティブ要素も加わっていたので、こんな土俵際の一発大逆転は予想していなかった。特養のスタッフの方々には感謝の言葉もない。従来型の年季の入った施設だが、きめ細やかなサービスとケアが行なわれているであろうことは想像に難くない。そして気づく。もしかしたら、「歩けなくなったらどうしよう」という呪縛から解き放たれたことも、義母の状態が安定した一因かもしれないと。
義母は辛かったのかもしれない。歩けなくなることへの不安はもちろん、もしかしたら、リハビリも。
リハビリが辛いと表明したり放棄するのは回復を諦めることだと必死に食らいついてきたが、効果が出るどころか、ますます歩けなくなっている、もういやだ、でも諦めたくない…その繰り返しに疲弊していたのではないか。
でも、家族も施設の担当者も、なにより本人が、やる気があることを正とし、努力を称賛し、その先に希望を見出そうとした。見えないのに。それに疲れてしまったのかもしれない。コロナで面会が中断されて義母はホッとしたのかも。本人にその自覚はなかったとしても。
義母の安定は一過性のものなのかもしれない。昨日の面会では元気でも、今日、この瞬間、元気かどうか保障はない。でも、それは私だって同じだ。コロナであらためて思い知った「いつなんどき自分に降りかかるかもしれない災厄」は、可能性のパーセンテージこそ多少ちがっても、誰に対しても一定の割合で在る。
ならば、何歳で、余命が何年だろうと、生きていく基準というかコツは、疲労はしても疲弊しないこと、自分の理想を掲げ過ぎず、囚われ過ぎないこと、暮らしやすい環境に身を置くことなのかも。そう義母に教えられた気がする。
そんなわけで、QOL(Quality of Life)低下予測を覆し、踏みとどまるどころか向上させているように見える現在の義母にインタビューしようと思い立った。義母のこれまでの日々を文字に起こすのだ。
お察しのとおり、Cometさんの活動に影響されてのことだ。面会で義母の話を聴き、それを手紙にし、義母にフェイドバックする。ちまちました循環だが、義母のためと同時に、これからの自分のためだ。
妬み嫉み僻み‥そしてやっかみながら、これまでも暮らしてきたし、これからも私は暮らしていくはずだ。でもその燃料(?)は、意外とポジティブな思考からも生まれる気がする。それが、30回を超えたこの連載で思い知ったことだ。ポジとネガはセット、表裏一体、一蓮托生。…あたりまえか。
冗談から駒、よろしく、ミカスさんと始めたPodcastも当事者だけ浮かれるほど楽しい今日この頃、Cometさんのパクりインタビューも楽しんでやりたい。そして、たまには、なんかあの人楽しそう、と「やっかまれる立場」になってみたいものである。
悔しかったらかかって来なさい!That’s Dance!のゲストとして、などと言い置いてみる。
by月亭つまみ