【月刊★切実本屋】VOL.55 なにかと昔の映画を引き合いに出してみる
子どもの頃から空想癖があったので、その性癖では定番ともいえる(たぶん)、自分は赤ん坊のときに取り違えられて、どこかに本当の親と、今自分が両親だと思っている人たちの実の娘がいるのだ、とか、生き別れた双子の姉(か妹)がいるかも的な、空想というより妄想に近いものは何度もやった。「思った」とか「想像した」というより、「やった」というのがいちばんしっくりする気がするのは私だけだろうか。
そんな子だったので、童話『王子と乞食』にはワクワクしたし、ケストナーなら『飛ぶ教室』より『ふたりのロッテ』派だった。大人になってからも、ジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』には「待ってました!」と快哉を叫んだし(ちょっとおおげさ)、映画でいえば、名作とは思わないものの(わざわざ言わんでいい)、ニコラス・ケイジとジョン・トラボルタが入れ替わる『フェイス/オフ』なんかはけっこう好きだった。
映画『転校生』もそうだ。原作の『おれがあいつであいつがおれで』も読んだが、確か、そっちは入れ替わるのが小学生だったと思う。大林映画では、それを中三にし、舞台を尾道、主役をあのふたりにしたことが功を奏したのは間違いない。瑞々しくて魅力的な思春期映画だと思う。
思うし、『転校生』という映画は大好きなのだが、入れ替わるのが男女というのは、自分の妄想の方向性と違っていた。で、「映画はすんごく面白かったけれど、もし自分がああなったら絶望で気が変になるだろう」という思いにも強く囚われた。あのふたりがあのまま戻らずに大人になってしまったら…と思うとぞっとし、だからこそ戻ったときには心底ホッとしたのだった。
昨年出版された『君の顔では泣けない』(君嶋彼方/著)は、高一の坂平陸(さかひら りく)と水村まなみが、プールに落ちて入れ替わる物語だ。
ふたりは、とりたてて親しくない…どころか、ほとんど話をしたことがないクラスメートなので、入れ替わる理由も、必然性も見つけられない。が、突然入れ替わってしまうのだ。その暴力的で、なにより残酷な出来事の期間は、『転校生』の一夫と一美のようにひと夏ではない。冒頭から時系列が逆戻りしたりもする構成の小説なので書いていいだろうと勝手に判断するが、彼らは、ひと夏どころか十年以上そのままになるのだ。
さあ、陸とまなみはどうする!?どうなる!?
一言で言えばそうまとめられる小説なのかもしれないが、たぶんそれで喚起されるイメージとは違う世界だと思う。私は違った。ついでに言うと、この小説の表紙も、イメージとは違うと思う。表紙に関していえば、読者を勘違いさせるためにわざと?と邪推したりした。…そんなことはないか。
ではどんな小説なのか。
自分なりに感じたその世界観を書くこと=ネタバレ になりそうなので難しいのだが、入れ替わらなくても、入れ替わる云々とは全然違っていることでも、自分が日々感じる違和感が、可視化され、意識的に見えるようになる小説かもしれない。そして、違和感を覚えて生きることに今までと違った方向があることにハッとさせられる小説だった。
性別を無作為に(?)割り振られ、親との関係を含む家庭環境、勉強や友人など、子どもの頃から培ってきたものがあり、大人になっても、自分で選択したり諦めたり棒に振ったり瘦せ我慢したりを繰り返して今ここにいる自分にも、大小さまざまな違和感はありまくりだ。
それを受容せず、傷つくことも引き受け立ち向かう生き方を選ぶ人もいる。それは素晴らしいことだしエールを送りたい。でも、違和感を抱えつつ生きていくことも、なんら立ち向かうことに劣るものではないし、立ち向かうことと真逆でもない。苦しいよと弱音を吐いたり誰かに助けを求めてももちろんいいし、言葉や態度に示さないからといってうまく咀嚼できているとは限らない。むしろ、そういう過程や事実そのものが丸ごとlifeでbeautifulなんだと、ロベルト・ベニーニや錦鯉の長谷川さん以外も言っていいんだよ当然だろ、っていうか。
穿った見方かもしれないが、『君の顔では泣けない』にもそういう作者の気持ちを感じた。違ってたら、君嶋さんと読んだ人ゴメン。
※そういえば、入れ替わりモノには、あの新海誠さんの『君の名は。』があったな、と書き終わってから気づきました。取り上げなかったことに意味はありません。思い出さなかっただけです。ゴメン(謝ってばっかり)。
Jane
うーーんシンクロニシティ。今日は、生まれながらの性別と本人の性別のアイデンティティが違う人々が子供の頃から示す兆候や、彼らのストレスのあらわれ方などについて、深く考えさせられた日でした。ここにとりあげられた小説とは関係ないかもしれませんが….。
つまみ Post author
Janeさん、こんにちは。
文章を読む醍醐味は、自分オリジナルの回路が開いて、想像力が喚起されて、シンクロニシティだったり、芋づる式にいろんなことを思ったりすること、が大きいと個人的に思っていますので、Janeさんのコメントは、とてもうれしいです。
今後とも、よろしくお願いします。