◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第43回 大人への階段を上るということ
仕事で10代、下手すら10代にすらなっていない子どもたちと接していると、その成長に、おおげさではなく度肝を抜かれることがある。
小学生6年間の成長がいちばんだと思ってきたが、2年前から中学校でも働き始めて、中学生の変化に驚いている。サイズの成長は小学生に譲るけれど、雰囲気の方はミドルティーンに軍配を上げたい。行司か。
あまりに一気に大人びる子にはなぜかうっすらと危うさを感じたりもする。これって老婆心なのか、大人の直感なのか、もしかしたら、ちょっとしたやっかみなのだろうか。
中学校に勤務し始めたばかりの頃、図書室の隣の保健室で1年生の女子が泣いているのを見た。理由はわからない。泣きじゃくっていると言っていいような彼女を、先生が保健室に連れてきて、保健室の先生と二人がかりでなだめていた。感染症対策のせいか、授業中なのでプライバシーを気にしなかったのか、保健室の扉は閉められなかった。
先生たちの姿はほとんど見えなかったし、彼らがなんと言っているのかは聞きとれなかったが、泣いている生徒だけは、図書室のカウンターの中から見えた。いたいけな少女の泣き方の見本のようだなと思った。
幼い雰囲気の生徒だった。まだ小学生なのに、間違って中学校に連れて来られて、それで泣いていると言われたら信じてしまいそうなほど。ブレザー型の真新しい制服もお仕着せのように見えた。
その後、彼女は頻繁に図書室に来るようになった。すぐに「あ、あのとき泣いてた子だ…」と気づいたが、別人のように快活な雰囲気を纏っていた。同じ人物でも雰囲気が違うことなんて普通にあるし、とは思いつつ、なんだか狐につままれた気分だった。
しばらくの間、私は「確かに今は友達と笑顔で話しているが、この生徒が突然泣き出しても私は驚かない」と、変な角度から覚悟して彼女を見ていたものだ。
その「しばらくの間」はわりと短かった。きっかけは、彼女と本の話をしたことだ。有名なファンタジー小説のシリーズの途中が抜けている、ずっと借りている人がいるのか、最初から図書室にないのか調べてもらえますか、と彼女が聞いてきたのだ。私は回答後、「このシリーズ、おもしろいですか」と聞いてみた。彼女は目を輝かせながら「すっごくおもしろい。マジで」と答えた。そのときの彼女にはもう「変な角度からの覚悟」の必要性を感じなかった。
出勤するたびに彼女を図書室で見る日が続いた。とはいえ、別に、私の出勤日に合わせて来ているわけではなく、「昼休みを図書室で過ごす」派だったのだ。彼女は、ファンタジー、SF、推理小説が大好きで、それがシリーズであれば尚よく、シリーズが長く続いているのであればもっといい、要するに、終わらない小説が好きという、筋金入りの本好きなのだったのだ。彼女と私は、ふつうに本の話をするようになった。あるときは、仕事を終えて帰ろうとする私をわざわざ追いかけてきて、私が推薦した本がとてもおもしろかったと言ってくれた。
彼女は一年の後期には図書委員になり、カウンターで効率よく業務をこなした。合間に、自分が読んでおもしろかったものを私に薦めるのが通例(?)になったが、その言い方がけっこう断定的で自信満々で微笑ましかった。曰く、「読んだ方がいいです」「これを読めば、絶対、〇〇も読みたくなりますよ」「これはイマイチ。そんなに薦めない」みたいな。私は、師匠に指南を受ける弟子のごとく、素直に彼女の推薦本を読んだ。
そして彼女は、2年生の後半に図書委員長になった。絵心のある部員に読書啓蒙のポスターを描かせたり、スタンプカードを作り、貯まった人に特典をつけたりした。男子だろうが、場合によっては上級生だろうが、彼女は臆せず声をかけ、イキイキと動いていた。
今月、彼女は三年生になり、また雰囲気が変わった。図書委員長ではなくなり、昼休みに図書室に来ても、カウンター周辺にはあまり立ち寄らず、閲覧席で静かに本を読んでいることが多い。その横顔はどんどん大人びてきて、その成長の早さについ二度見してしまう。
このまま彼女は、大人への階段を一気に上り、中学時代を駆け抜けるのだろうか。それは悪いことじゃないのだろう。でも、あまりに変化が激しいので、そんなに急がなくていいんじゃない?寄り道をしたり、なんなら逆走したり、立ち止まっても、いいんじゃない?と言いたくなる。
それはきっと、最初に、彼女が全身で泣くのを見たからだ。大人だってあられなく泣くことはあるが、彼女の泣き方は子ども特有のそれに見えた。人なんてみんなアンバランスだったりするけれど、あれを見たせいで、彼女には少し、ほんの少し、危うさを感じてしまい、今日に至る。
正直に告白すると、最近、彼女の顔を見るたび私は「あのとき、なんで泣いてたの?」と聞きたい誘惑と闘っている。もちろん聞かない。そして、自分の懸念が危惧に終わることを心から祈る。中学時代を駆け抜ける脚力のなかった自分の単なるやっかみでありますように、と。
by月亭つまみ