【月刊★切実本屋】VOL.60 そのバスに乗ります!的な突発記事
この【月刊★切実本屋】は、毎月第二木曜日に更新している。今月は本来なら11日だが、サイトは6日からしばらく夏休みに入り、11日もその真っ只中になる。なので、今月の【月刊★切実本屋】お休み…なのだが、今しがた読み終わった本が素晴らしかったので、この本の感想文を書かない、もしくは来月の第二木曜日まで持ち越すのは残念な気がして、本日は第一木曜日だが、書いてしまう。くれぐれも「あ、【月刊★切実本屋】が更新されてる!今日は第二木曜日か。ってことは、明日は燃えないゴミの日だな」とか、勘違いしないでいただきたい。(んな人はいないよ!)。
今、読み終わった本、それは『喜べ、幸いなる魂よ』(佐藤亜紀/著)だ。
このタイトルをどこかで最近、見たなと思った方がいるやもしれない。その人は、サイト関係者のTwitterをわりとこまめにチェックしているかもしれない。
そう、私がこの本を知ったのはまゆぽさんのツイートだ。
https://twitter.com/mayupo_buteku/status/1540860776071966720
これを目にしたとおぼしきはらぷさんもこんなツイートをしている。
https://twitter.com/titypusprout/status/1548245632334594050
なによ、これ!この二人が声を揃えて「一気読み」ですと!?そりゃあ、私も読むしかないじゃない!キーー!!私だって負けてられない!この二人に置いてかれてたまるもんか!そのバス、乗ります乗りまーーす(バカ)…ということで、遅ればせながら、一昨日の夜から読み始めた。
面白かった。一晩では読めなかったけれど、読書力が落ちたことを自覚している最近ではめずらしく、300ページ超の小説なのに二日で読んだ。これはもう、自分の中では、家事と食事と寝ている時間以外はほぼ読んでいる感覚で、「一気読み」に入れていいレベルだと思う。うん、いいでしょう!自分に許可します!…勝手にしろ。
舞台は18世紀後半のベルギー。18世紀後半のヨーロッパといえば、世界史にとことん疎く、「ベルサイユのばら」もちゃんと読んでいない私にも史実に聳え立つのがフランス革命だということぐらいはわかる。しかし、その詳細についての知識は皆無で、そもそも、ベルギーという国のことは何も知らない。「フランダースの犬」とワッフルやチョコレートが浮かぶくらいで、ベルギーという国について考えたことは、今までの人生で一度もないかもしれない。
そんなベルギーの小都市シント・ヨリスを舞台で繰り広げられる、亜麻(あま)商人の家の男女の双子ヤネケとテオ、そしてそこに引きとられたヤンを主軸にした物語である。
まゆぽさんも書いているとおり、出てくる女性がこぞってかっこいい。どの女性も腹を括っていて潔いのだ、たとえ時代や境遇に従順な生き方であっても。中でもヒロインのヤネケは格別だ。彼女は、当時の女性として従順とは無縁の内面を持つが、それゆえに、半分修道院のような所に自分の居場所を設置して微動だにしない。自分が異端であることにとことん自覚的だからだ。そして彼女は、数多の女性の、女性であることの「不利さ」を生きやすさに変換する方法は考えるが、正面から時代と闘おうとしたり、自分の類まれな知力、探求心を世に誇る気持ちはさらさらない。最優先順位は自分の研究を続けること。それ一点しかないので、順位などハナから存在しないのかもしれない。
そのぶっ飛んだ強さは、21世紀を生きるこちらの人生観をも強く揺さぶってくる。読直後の今、私はおおいに揺さぶられているところだ(と思ったら、実際に地震がきた。そして外はずっと雷鳴が轟いていたかと思いきや、突然の土砂降り。…不穏)。
そして、ヤネケの浮世離れっぷりと対照的に、彼女の分の浮世を一手に引き受けるかっこうになるヤンの、豊潤な情緒や逡巡を内に秘めた生き様も、これまたかっこいい。ヤネケに翻弄されつつ、彼女が微動だにしないように(しない限り)、ヤンも動かない。動けないとも言えるが、それは若くして、ふつうは出会えない特別な存在に出会ってしまった宿命ともとれる展開だから、納得しつつ、そのせつなさもひとしおだ。
正直、読む前は、佐藤亜紀/著、というところに一抹の不安があった。過去に彼女の小説を途中で挫折した経験があるから。それが払拭できたこともよかった。ってか、文体、昔と変わった?
というわけで、読後ほやほやの感想。たまにはがっつり読書をして、本を読むわだちを再構築したいと思う人にもお薦めです。
by月亭つまみ
まゆぽ
わーお! 熱い感想とはらぷさんともども一気読みしていただいたことがうれしくて、興奮してしまいました。同じ本に熱くなれるってこんなにうれしいんだということを、久しぶりに思い出した気がします。
ヤネケはかっこいいけど、揺らがなすぎて手の届かないスターのようです。それに対して現実と妥協しながらも根っこのところが揺るがないヤンは、より身近で応援したくなるキャラです。ヤンがいるから、素直にヤネケをかっこいいと思えるのかもしれません。
そして18世紀ベルギーという、21世紀日本の自分とは全く違う世界が舞台として設定されていることは、距離をおいて客観視できるという、作者の企み?手練手管?でしょうか。それにはまる心地よさがありました。
遠いようで身近なようで、グサッとは刺さらないけどじわじわ効いてくるような、私の中で「特別な1冊」でしたが、はらぷさんとつまみさんのおかげでさらに特別度が大幅に増しました。ありがとう!
つまみ Post author
まゆぽさん、おもしろい小説を教えてくれてありがとうございました!
自分では選ばないタイプなので、ありがたさも倍増。
実は、読む前は「もしかしたら挫折しちゃうかも」と思ったのでした。
これから読むよ、と連絡していたので、そしたら「ダメだった…てへっ」と連絡する構図までイメージしてた。
そうなの。
同じ本に熱くなれるって、テレビとも映画とも違うシンパシーなんだよね。
ビジュアルがなくて、それぞれが思い描く世界や人物が同じじゃないだろう、と思うからよけいなのですかね。
時代のエグさもあって、まっすぐなだけの小説ではないけれど、突如目の前に広がった18世紀のヨーロッパに、冷静なような興奮するような、でもどちらか一方に針を振り切るよりむしろ堪能できた、まゆぽさん言うところの「遠いようで身近なようで」がよかったです。
うんうん。
確かに、ヤンあってのヤネケの輝きですね。
のちにベギン会院長になるアンナもめちゃくちゃカッコいい!
はらぷ
こんばんは!
ほんとうに、久しぶりに本を読みふけるという感覚を思い出しました。
佐藤亜紀の本を読んだのは初めてです。
めちゃくちゃドライで硬質で、でも独特のユーモアがある、なんだかクセになる文体ですね。それが、舞台のフランドル地方の雰囲気に合っていました。私の中では、厳しい白と黒の、冬のフランドル。毛織物のイメージ。
ヤネケの中に、優しさと情のなさが混在していて、ヤンはヤネケに惚れて、ヤネケでなきゃ、と執着するけれど、ヤネケは、たぶん人間のなかでヤンのことが一番好きだけれど、決して執着しないし心乱されない。それがかっこよくも、ヤンにとっては憎らしくもある。痺れるなあ。
18世紀にあって、絶対王政の支配下でなく、商人が支配する都市国家、という背景も、ベギン会のことも、今まであまり知らなかったのですごく面白かった。
激動の時代、体制の転覆や技術革新によって、自分たちの世界が斜陽に向かっていくことをどこか予感していて、それをどこか面白がっているようでもあり、俯瞰と地べたの両方の感覚がある。
でも、ほんとう、こんなに時代も場所も違っても、人間は同じようにおろかしくて、滑稽で、一喜一憂して、生きるに値する人生を生きるんだな、と思わせてくれる小説でした。
最後のひょうひょうとした二人がよかったなあ。あと、アンナほんとにかっこいい!