ゾロメ日記 NO.68 極私的 危機感やあたりまえ考
◆3月某日 リュートも彗星も
星野博美著『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』を読む。
数ある星野さんの著作で、今まで読んだのは『コンニャク屋漂流記』と『戸越銀座でつかまえて』の2冊だけだ。『みんな彗星を…』は、去年一度挫折している。なのに、「好きなライターは?」と聞かれるとけっこう彼女の名前を挙げたりしている自分はちょっとずうずうしいかもしれない。
対象や読者に迎合せず、常識や社会通念もいちいち検証し、安易に自虐に走ったり道化役にならない…そんなところが私にとっての星野さんの魅力だ。だが、自分の読書力が低いときにはそれが手強かったりもする。それゆえの前回の挫折だった。
今回の再チャレンジは、少し前、カリーナさんが私のことを絡めて書いてくれたアツいツイートに触発された部分が多々ある。そして読み終わった今、挫折しっぱなしじゃなくて良かったなあと思う。
1549年、フランシスコ・ザビエルによって日本に伝えられたキリスト教が、その後どのような道を辿ったか、宣教師に、そして日本人に何が起こったか、私は全く知らなかった。17世紀初頭にはキリシタンが70万人以上いたという事実も、壮絶で残酷で悲しくて気高過ぎる九州での数々の史実も、そしてキリスト教における列聖、列福の概念も、なにひとつ知らなかった。なにも知らないままトシだけとったなあと感慨深い。(しみじみしてる場合じゃない)
星野さんのフィルターを通して書かれた「私的」キリシタン探訪は、リュートという古楽器や彗星という、一見ソフトなキーワードを挿入してもハードだ。よくぞ、この分野に真正面からチャレンジしてくれた。そして、ここまで掘り下げつつ、肩入れし過ぎないところにも好感を持つ。たとえば
私は最近、日本のキリシタン迫害を描いた本を読む機会が多いが、処刑や拷問の残酷さに戦慄するのは当然ながら、殉教者の遺体や遺物に群がる信徒の姿に異様な迫力、正直に言えば、ある種の薄気味悪さを感じることがある。
のバランス感覚。
私個人はカトリック教会の教義についていけない部分がある。しかし少なくとも、この「あなたの存在を忘れない」というすさまじいほどの執念には、目を見開かされる。(中略)それはそっくりそのまま、私たち日本人が最も不得意、あるいは意図的にやろうとしないことではないだろうか。とりわけ歴史を忘れやすいといわれる私たちは、ただ忘れっぽいのではなく、積極的に忘れてきたのだと(後略)。
これにも膝を打つ。
キリシタン迫害の時代を語ることで、星野さんが今の日本に警鐘を鳴らしているのは明らかだ。もしかしたら、その危機感が、ここまでの力作にしたのかもしれない。
◆3月某日 あたりまえのこと
星野さんの本を読んで、キリスト教やカトリックについていろいろ考えたもののの、自分自身とその距離が近づいたわけではない。でも、自分はカトリック系の幼稚園に通っていたことがあるのだった。忘れていたわけじゃないのに、そう思ったとたん、当時の記憶がどんどん蘇ってくる。
私は福島県福島市で生まれたが、父親が地元主体の銀行に勤務していたため、県内を転々とし、2~5才の4年間は浜通りの富岡町と原町市(現在の南相馬市原町区)で暮らした。2~3才の富岡町のことはあまり覚えていないが、原町市のことはわりと覚えている。私はここで幼稚園に通い、毎朝お祈りしていたのだ。
「てんにまします われらの ちちよ、ねがわくは、みなの とうとまれんことを、みくにの きたらんことを…」ここまではいまだにそらで言える。
入園して1年が過ぎたところでまた父親が転勤になったので、さゆり幼稚園には1年間しか通わなかった。でも、あの幼稚園の出来事は、クリスマス会、運動会など、いろいろ覚えている。さらに、記憶をアシストしてくれるアルバムをめくると、遠足で夜の森公園や小高神社に行っていることがわかり、そこでの記憶もうっすらと蘇る。小高神社はしだれ桜が有名らしいが、半世紀強前の遠足の写真も、背景は満開のしだれ桜だ。
写真の桜はあれから毎年ずっと咲いていたのだ。そして今年ももうすぐ咲くのだ。
6年前までなら、「そんなことはあたりまえ」と思ったはずだ。だが、今は違う。私が2才のときに住んでいた富岡町の2011年3月11日までの人口は1万5千人だったのに現在は0人だという事実は、この世にはあたりまえのことなどない何よりの証拠になってしまった。
明後日の4月1日、福島県の11市町村に出されていた、帰宅困難地域以外の避難指示が解除されるそうだ。富岡町のほとんどがそれに該当するらしい。6年間に及ぶ避難指示、いまだ帰れぬ地域の存在。あたりまえのことがあたりまえじゃなく、あたりまえじゃないことがあたりまえになりそうな…そんな恐ろしいスパンの日常ってシュール過ぎる。
by月亭つまみ
★毎月第一木曜日は、まゆぽさんの「あの頃アーカイブ」です。お楽しみに!