【月刊★切実本屋】VOL.76 2023心に残った本
年が明けて早11日、いかがお過ごしですか。今年はとんでもない幕開けになってしまいました。被災された方々のことを思うと胸がつまって、今の自分に罪悪感すら覚えそうになります。そして、人生ってやっぱり一寸先は闇、不穏さにびくびくしながら生きていくしかないのか、ツラいなあと、おめでたいはずの新春に心塞ぐことばかり考えていました。
でも、であるならばこそ、悩んだり悔んだりやっかんだりやさぐれたりうろたえたりしながら、なけなしの楽しさは手放さず、「不穏さにびくびくしながら生きていくしかない→生きてやる」方面にとっととシフトチェンジした方がいいんじゃないかと思い至りました。だって死ぬまでは生きるんだから。今最優先すべきは、まだ途切れずに続いている、幸運としか思えない自分の生に執着することではないか‥などと思い直したりしたわけです。
昨年末、オバフォー周辺の方々に「2023年に読んだ本で心に残った本があったら教えてください」と連絡しました。以下がそのお返事です。ご協力くださったみなさん、本当にありがとうございました。予想どおり、既成の媒体のベスト本とはひとあじもふたあじも違うラインナップになりました。渋っ!さすが「一人一派閥」なサイトだとうっとりしています。
以下、原稿の到着順に芸なく羅列していますが、面白がってお読みいただければ幸甚です。今年もよろしくお願いします。
(敬称略)
※青字はリンクが貼られています。よかったら、クリックして深掘りしてみてください。
◆こめP◆◆◆
『言葉の本質-ことばはどう生まれ、進化したか』今井むつみ 秋田喜美
「言語とそれが表すモノの関係に必然性はない」と専門学校で教わった。日本語の「本」を、英語では「book」と書くようにね。と、たしかソシュールが言ったはず。まてまて、じゃあオノマトペはどうなのかと。「サラサラ」より「ネバネバ」のほうが粘度があるモノと必然的に結びつくのでは。となると「ネバつく」はどう?みたいなとこから、「言葉とはなにか」を探っていく。何度もほおお、と声が出ました。
◆カリーナ◆◆◆
『凜として灯る』 荒井 裕樹
「差別されてる自覚はあるか: 横田弘と青い芝の会『行動綱領』」 荒井 裕樹
『ハンチバック』で芥川賞を受賞した市川沙央氏と荒井裕樹氏の往復書簡で
上記二作を知りました。前者は70年代のウーマンリブ活動家(身体障害者でもあった)
米津知子という女性、後者はラディカルな障害者運動のリーダーだった横田弘氏について。
私という人間の代わりに、血まみれになりながら自他への問いと闘争・実践を
続けた人たちの存在と叫びを心の基層に置き、考えや行動の道標にしたいと思います。
◆ちまたま◆◆◆
『無人島のふたり』 山本文緒
作家が自身の最期の日々を日記形式でつづったもの。
一緒に過ごす時間を減らしていく感覚なので読み進めるのは気楽ではありません。人は他の誰とも代わり合えないことをひしひしと感じますが
どこか「大丈夫」と感じるさらりとした文章です。
『神様のいる家で育ちました』 菊池真理子
宗教2世のお話。マンガです・・・。
7つの家庭が可愛らしい絵で描かれています。
物見高さで終わらず、ある活動にとても熱心な保護者のもとで育つ影響について考えさせられました。
『草木鳥鳥文様』 梨木香歩(文) ユカワアツコ(絵) 長島有里枝(写真)
草木と鳥についてのエッセイに絵と写真(引き出しの底に描かれた精密な鳥の絵の写真)。
針葉樹林を歩くような雰囲気があります。すっきりした表現に感心するのになぜかその表現を忘れてしまうので何度も新しい気持ちで読めます。
◆ずん◆◆◆
絵本作家、詩人、画家の葉祥明さんの画業50周年の記念の絵本『しあわせの小径』葉祥明
一人で悩んでいる時、だれにも相談できない時、人は誰かに大丈夫とかどうにかなるよ・・・と言う感じの言葉をかけてもらいたい。でも話せない。話せる人がいない。そんな経験ありませんか?そんな時に読むと「大丈夫、どうにかなるよ」と言葉をかけて肩をポンとたたいてもらったような落ち着いた気持ちになれる。そんな絵本です。パステル調のイラストと優しい言葉は飾っておくだけでも癒されます。
◆植松◆◆◆
『よき時を思う』 宮本輝
90歳を迎える女性が自分のために晩餐会を開く。その過程を孫娘の目を通して描く物語。なのに読み進めるごとに「そりゃ晩餐会を開けるくらいに裕福だからだよ」とか、「稼業がうまくいったからだよ」とか。そんな、ねたみ、そねみ、ひがみが飛び出しそうになってしまう。いまの自分は宮本輝さえちゃんと読めないほどに弱っているのか、と思い知らされた。
『遠慮深いうたた寝』 小川洋子
2ページから3ページで終わる短いエッセイが集められたエッセイ集。書くということがどれほど暮らしに根付いた行為なのか、そして、大切に暮らすと言うことが、どれほど小説を豊かにしているのかということを伝えて暮れる。なんだかとても滋味深いスープを飲んでいるようだった。
『近畿地方のある場所について』 背筋
弱っている時、何も考えずに住むホラー映画や怪談話に手が伸びてしまう。これは今流行のモキュメンタリーの手法を採用しているのだけれど、SNSのコメントの引用の仕方や、設定された「ある場所」の伝え方がうまくて、ジワジワと怖さが増してくる。
◆SHOJI◆◆◆
『デパートの誕生』 鹿島茂
漫画「北極百貨店のコンシェルジュさん」の参考文献である『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書/1991発刊)に加筆・補足をほどこし、講談社学術文庫になって再登場!
19世紀パリ。とある流行品店の店員から始まって、妻マルグリットとともに巨大デパート「ボン・マルシェ」の経営者へと昇りつめたアリスティッド・ブシコーの一代記。
きらびやかなディスプレイ、多様な取扱品目、ワンランク、数ランク上の高級品などなど、これらは彼らのアイデアの一部に過ぎない。工夫をこらしてとにかくお客に店まで来てもらう。そして市場を拡大し、独自に商品開発すらしていくのだ。祝祭感あふれるデパートに引き寄せられていたかつての私に教えたい。その欲望は19世紀に作られたものだと。
彼らは、大売出しの催事やカタログ通販など今でも見かけるデパート商法で女性の消費願望を掘り起こし、社員食堂や独身寮から退職金制度の設立まで福利厚生制度を確立し店員の帰属意識を強固にする。(ブシコーの死後マルグリットは養老年金制度も設けた)
かの時代の拡大経済政策の波に乗り、ブシコー夫妻の天才的な商法がパリの人々を消費社会へと誘う様を活写した快作。著者が収集した銅版画や写真などの資料が楽しい。
◆つまみ◆◆◆
『杉森くんを殺すには』 長谷川まりる
エキセントリックなタイトルのYAですが、侮らず臆せず読んで欲しい。
高1のヒロは、ともだちの杉森くんを殺さなければならないと決意し、それをミトさんに告げます。殺す理由は?杉森くんって?‥ヒロはミトさんのアドバイスに従い、ついにやり遂げるのでした。
これ以上の予備知識は厳禁です。まっさらな心でどうぞ!?
『日本に住んでる世界のひと』 金井真紀
表紙のやわらかい雰囲気で気軽に開いて、横っ面を張り倒されたような衝撃を受けた本。
自分が心身ともに狭いエリアで暮らしていることは自覚していましたが、この本を読んで、その事実を痛みとともにあらためて思い知り、同時に脳内の回路が開いたような気がしました。世界は広く、過去も現在も苛酷で、時の施政者は往々にして残忍。そしてそんな施政者の民ほど逞しくて優しいのかも。何度でも読みたい。
◆まゆぽ◆◆◆
年々、本が読めなくなっていく。
寝る前のベッドの中が主な読書時間だったのだけれど、最近はその時間につい、携帯で韓流ドラマを見てしまうから。本を読もうとすると、すぐに眠ってしまうのは、光や音や画面の動きという刺激がないと眠くなる体質に変わっちゃったせいかも。困ったな。
そういうわけで、読んだ本の数は少ない(言い訳)。
その中で、ストレスなく読めて、丸くて小さくて人肌くらいの温度を持つ小石のような印象がこつんと残ったのが、『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』(川上弘美)。変なタイトル。
60代の小説家であるわたしが、カリフォルニアのアパートメントで過ごした子ども時代の友人たちと何十年もの時を経て、東京で再会する。コロナ下で新しく流れる60代の時間と昔の思い出。恋が始まるような、恋でもないような…。
年代だけは一緒だけれど、自分とはまったく接点のなさそうな男女の、大きな事件もない話に、「あ、この感じ、わかる」と何度かうなずいた。それぞれの個人的な思いだけど、俯瞰すると一緒だねという心地よさと言おうか。60代の楽しみ方がいい。
もう1冊。まだ読みかけなんだけど、『ベートーヴェン捏造』(かげはら史帆)。
「現代に語り継がれるベートーヴェン像は、秘書により捏造されていた!? 『会話帳改竄事件』の真相に迫る、衝撃的な歴史ノンフィクション。『会話帳』とは、聴力を失ったベートーヴェンが周囲の人とコミュニケーションを取るために用いた筆談用ノートのこと」と紹介されているノンフィクション。1人の天才とその光を浴びた人物の輝きと影にどきどきしながら読んでいます。