【月刊★切実本屋】VOL.54 極私的大河ドラマ候補
2021年は個人的に辻村深月イヤーだった。その前年か前々年に『かがみの孤城』を読んだのがきっかけだ。
辻村さんの小説は、テーマやモチーフにいじめが多い印象があってずっと食指が動かなかったのだが、『かがみの孤城』は、とにかくおもしろいから!伏線の回収が見事で「やられたー」と思いつつ泣くから!と知り合いに薦められたのだった。
おっしゃるとおりだった。SFであり、ミステリーであり、十代の成長小説であり、なにより小説を読むことの醍醐味である「ワクワクドキドキハラハラ(最後のは涙)」に溢れた小説だった。読んだ知人が決まって口にする「伏線回収の見事さ」もまさに!
そして、この小説は間口が広かった。読んだ「知人」には、小説に一家言ある大人も、本好きのそのへんの(あえてそう書く)小学生中学生もいる。これってすごいことだと思う。うさんくさいくらいだ。
とはいえ、それで一気に自分が辻村ワールドにのめり込んだわけではない。理由は、作品数が多く、しかも分野が多岐にわたっているから。
この人って今いったいいくつなの?
いつから書いてるの?
年に何冊発行されてる?
とWikipediaを三度見したくなるくらい多作。しかも、シリーズでもない複数の作品に共通の登場人物が出てくるのが、やっかい。
このパターンは、私の偏愛作家山本幸久さんでもおなじみだが、辻村深月さんのそれは、時にそのことがネタバレにもなるので(前に読んだ〇〇という小説に、もっと大人のこの人が出てた…ってことは、今回は死なないわけね、とか)先に読んだ人はおせっかいを焼きたくなるらしく、「辻村深月」と検索すると自動的に「読む順番」が出てくる。その順番が、出版順とはまったく関係ないのがクセモノなのだ。
なので、「いったいぜんたい何から読んだらいいのさ」状態になり、いちげんさんお断りかよ、みたいな気分になり、めんどくさくなって読まずにいた。
しばらく経って、めんどくさい気持ちも覚めた頃(いろんなことに私はすぐ覚める)、『サクラ咲く』という中高生向けの中編集を読んだ。これがもう、あなた!瑞々しくて胸に沁みて、やっぱり辻村深月はスゴイなと思った。
それからは、わりと手当たり次第に読んでいる。そして、全著作の半分ぐらいを読んだ現時点での結論(仮)は、辻村深月の小説にハズレはなく、あるのは、小当たり、中当たり、大当たりの三種類、そして今までのいちばんの大当たりは『東京會舘とわたし』だ。
辻村さんの小説は上下巻が多い。これもそうだ。東京會舘という、宴会場であり結婚式場でありレストランもある実在の施設が舞台の連作短編集である。
関東大震災の前年に創業というタイミングからして、この會舘はなまなかな道を行けないと運命つけられたかのようだ。その思いは読み進むほどに強くなり、太平洋戦争も含めながら、東京會舘の状況とそこに関わる人々の精神力を試されるような歴史が続く。それにまつわる11編。
この會舘の唯一無二さを際立たせる存在として、大正時代の名ヴァイオリニストで、関東大震災の直前に来日して演奏会を催した、かのクライスラーと、昭和のど真ん中に位置する大歌手越路吹雪を登場させたのは、粋で、ノンフィクションとしても出色だ。東京會舘は二度の建て替えを経た現在も、そういう有形無形な歴史をすべて内包し、あたかも有機生命体のように存在し続けていくのだろうと思わせてくれる。
11章11編すべて読ませるが、東日本大震災の一夜から、「男子厨房に入る」のクッキングスクールまでを見事に繋いでみせた8章(このスクールの教えが素晴らしい!)と、直木賞を受賞する小説家が登場する9章が印象的。特に9章は、辻村さんの実体験がベースになっていると、その後読んだ彼女のエッセイ『図書室で暮らしたい』(これについて書かれたのは『東京會舘とわたし』刊行よりだいぶ前)で知った。
読後感は、東京會舘の波乱万丈で真摯な歴史に立ち会ったような、深い、おごそかな心持ちだ。よくぞこの題材を見つけてくれた。おそるべし、辻村深月。なんとならば、大河ドラマ「東京會舘」はどうだろう。人じゃなく、建物主体のドラマ。けっこう本気で言ってます。
…実は、自分はまだ一度も東京會舘に行ったことがないのですけどね。
by月亭つまみ
にゃまの
実は私、4月に東京會舘のお隣の病院で腰の手術する予定になっています。先日初めてその病院に行ったのですが、事前知識なく東京會舘(しかも工事中)が現れビックリしました。この病院、新しいのにWi-Fiが使えず、何か本でも持って行こうと思っていたところこの記事です。ありがとうつまみさん。謹んですぐ近くで「東京會舘とわたし」読ませていただきます。楽しみ!
ぱろる
つまみさん。
ご自身の気持ちと本の説明を、なんでいつも、こんなに上手いこと書けるのでしょう!💕
図書館で借りた本が積まれてるのに、つい、辻村深月さんに心動いております🌙✨📚
どれから読んでも間違いないことがわかっても、じゃあどれから…って決めかねちゃうなぁ。
どれも面白そうで。実際面白いのでしょうし。
でも。
「東京會舘とわたし」
わたしはこれからだな。
バブルの頃、私が勤めてた派手目な業界、
よく立食パーティーがあったのですが、
頼んでから仕立ててくれるオムレツが絶品で
20代の小娘だった私は、同僚とおかわりしては
「こどもかっ!」と上司におこられてました😅
(周りのおじさんたちもおかわりしてましたけどね😁)
宴会場の食べ物の記憶しかなくて、若き日の自分の鈍さを呪いたくなりますが、ここは確かに
「グランドホテル」的に,いろんなドラマが繰り広げられるであろう、クラシカルで特別な場所だと思います。
まずは、本借りてきます。
順番待ちの間に、名物のクッキーも買ってきます🍪
(こちらも、仕事時代、もらうと嬉しいお土産でした💕)
なんだか私の
「東京會舘とわたし」になってしまったm(_ _)m
つまみ Post author
にゃまのさん、なんと!腰の手術をなさるとは!
入院や手術、その後のリハビリと、それでなくても一大案件なのに、感染症というやっかいなものもあり、大変ですね。
しかも、新しい病院でWi-Fiが使えないってあるんですね。
本の紹介としてはグッドタイミングでよかったです。
くれぐれもお身体、ご自愛ください。
案件が過去形になりましたら、ぜひ感想を聞かせてください。
つまみ Post author
ぱろるさん、さっそくコメントをいただきありがとうございます。
わー!ぱろるさんは、リアルな「東京會舘とわたし」の思い出があるのですね。
そういう人は、きっと小説を読むときの自分の立ち位置も違うのでしょうね。
なんか、うらやましいです。
書いてくださった私の「東京會舘とわたし」って、出久根さんも書いています。
https://books.bunshun.jp/articles/-/5003
名物のクッキー、買いに行こう。
ネットで買えても、じかに行こうっと\(^o^)/
ぱろる
うわわわわぁ〜!
出久根さんの文章が素敵すぎて💕
紹介のお礼を言いに再登場です。
2011年の吉川英治文学賞
受賞者が辻村さんで、
授賞式が東京會舘で、
選考委員が出久根さんだったってことですね✨
ドキュメントノベル、好きなんです。
うわぁもうたまらん。
本、明日には借りられそうです😉
(クッキー調達がまにあわん!💦)
クッキーを買いに、
ぜひに近いうちにお出かけくださいね。
(三菱一号館美術館も近いですし)
https://mimt.jp/
つまみ Post author
ぱろるさん、美術館情報もありがとうございます。
ここも行ったことがないので、ぜひ行きたいと思っています。
出久根さんの思い入れの強い文章、味わいがありますよね。
私も、フィクションとノンフィクションの境目のような世界、好きです。
mikity
つまみさん、
「東京會舘と私」は
私の大好き本です。
建て替え前の東京會舘の、あの重厚さや、趣きのある風情は、歴史の波をかいくぐってきたからなのですね。
つまみさんの紹介文を読んで、読後の感情と、東京會舘の記憶がまた鮮明に呼び起こされました。
つまみ Post author
mikityさ~ん!お久しぶりです。
そうでしたか、mikityさんもお好きでしたか。
納得です。
そして、建て替え前の會舘を知っているのが羨ましい。
映像や画像で記憶が呼び起こされることと、活字のそれは違いますね。
活字の方が時には、よりリアルだったり。
それが本を読む醍醐味なのかなと思ったりもします。