【月刊★切実本屋】VOL.88 思わず誰かにlineしたくなる小説
初めて読んだ辻村深月は『かがみの孤城』だ。2017年の発売直後から大きな話題になったので、その流れに乗って手にし、なかなかな衝撃を受けた。こんな小説を書く人がいたんだーと思った。以来、昨年2023年まで
『冷たい校舎の時は止まる』
『凍りのくじら』
『僕のメジャースプーン』
『スロウハイツの神様』
『名前探しの放課後』
『太陽の坐る場所』
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』
『ツナグ』
『サクラ咲く』
『島はぼくらと』
『盲目的な恋と友情』
『東京會舘とわたし』
『クローバーナイト』
『青空と逃げる』
『噛みあわない会話と、ある過去について』
『傲慢と善良』
『ツナグ 想い人の心得』
(出版年月順)
を読んだ。『かがみの孤城』を含め7年間で18冊、少なくない数字だ。どの作品を読んでも、途中で「うまいなあ」と思う瞬間が複数回あった気がする。でも、好きな作家を挙げろと言われて辻村深月の名を出したことはなかった。
うま過ぎるのだ。いちゃもんをつけるみたいだが、あまりに正しいツボを押されると逆に気持ちよくない。うまさゆえの強引な展開(心理描写がうまいから強引でも説得力がある)だと感じたり、まず伏線の回収ありきで組み立てられた話のように思うことがたまにあった。もっとシンプルでも十分なのに、むしろそれで際立つ人間のありようやままならなさを堪能したいのにと思ったりした。極端な言い方をすれば「作者が読者の思考経路を的確に把握し過ぎるので読者が勝手に想像(妄想)を膨らませる余地がない。こっちの出番なし」みたいな。
小説の紡ぎ手として心底スゴイと思うし、心が震えたり、ガードを完全に下げて嗚咽するくらい泣いたりもするのに、読者ってなんて勝手なんだろう。
でも、それは去年までの話だ。『東京會舘』はとてもよかったし、萌芽はあったのだ‥って、なんか偉そうだけど。今年読んだ3冊『この夏の星を見る』『ハケンアニメ!』『レジェンドアニメ!』で自分の中の辻村深月のポジションが変わった。やっぱり、とんでもなく凄いよ、このひと。
『この夏の星を見る』は今年の前半に読んだ。コロナ禍で閉塞感いっぱいの社会の中の中高生が描かれている。全国各地の、環境も取り巻く社会もちがう中高生たちが、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」を開催しようとする。その主軸もいいが、登場する、当然一枚岩ではない中高生のそれぞれのスタンスと、そこから発生する温度差や見る方向の違いが、ステレオタイプでなく、きめ細かく温かい目で描いているのがとてもいい。そしておとなたち。これがさらにいいのだ。こどもを真摯に描くということは、おとなもしっかり炙り出されることなのだ。津村記久子の『水車小屋のネネ』もそうだった。
コロナ禍の話?思い出したくない、もういいよ…と思うひと(わたしがそうだった)こそ読んで欲しい。そしてもっと早く読めばよかったと悔しがってほしい!?
そして『ハケンアニメ!』と『レジェンドアニメ!』は、炸裂した作者のアニメ愛(特に辻村深月のドラえもん愛は有名)が最良の形で結実した物語だと思う。いくら好きだからって、愛やリスペクトに溢れていたって、こんな話は書けないぞーと圧倒されまくった。物語の中に登場する数々のアニメ作品が現存するとしか思えないリアリティ。映画化ではきちんとそこも描かれていると知り、ぜひ見なくてはと思っている。
このサイトでも、アニメといえば‥のSHOJIさんが『ハケンアニメ!』にきっちり言及してくださっている。★←こちらもどうぞ。
『ハケンアニメ!』は2014年、今から十年前に発表された作品で、『東京會舘とわたし』や『かがみの孤城』以前に書かれたということに妙に驚く。2019年に出版された芦田愛菜さんの『まなの本棚』で、愛菜さんは「辻村深月さんは神!」と熱く語りふたりの対談まで載っているが、あらためて読むと、愛菜さんの辻村評がものすごく的確なことに舌を巻く。どいつもこいつもスゴイよ。
『ハケンアニメ!』と『レジェンドアニメ!』はぜひセットで読んでほしい。わたしは2か月ほど間を空けてしまったが、それだけで「あれ?これ誰だっけ?」になった。あんなに心を添わせた人物すら忘れるのかと呆然とした。
そして、このお薦めセット(?)の中のさらにお薦めは『レジェンドアニメ!』の「ハケンじゃないアニメ」だ。本当に素晴らしかった。読直後感を誰かに言いたくて、思わず、先方は仕事中と知りつつ仕事関係の読書家の知人にlineをしたほどだ。「思わず読直後感を誰かに言いたくてlineしてしまう小説」を来年もたくさん読めるといいなあと思いつつ、今年の【月刊★切実本屋】はおしまいです。来年もよろしくお願いします。(第4木曜日の【やっかみかもしれませんが‥】は年内もう一回あります)
by月亭つまみ
SHOJI
つまみさん
『レジェンドアニメ』早速読みました。
2022年の本だから無いかなぁと諦めていましたが、たまたま立ち寄った書店で見つけました。
小説という形で、作品の創出に関わる全ての人に向けてエールを贈れる辻村深月が羨ましいです。
どの短編も胸に響くものがありましたが、おっしゃる通り『ハケンじゃないアニメ』は別格でした。長く続く作品には長く続くわけがある。(作中作品は『ドラ◯もん』がモデルかな?)
奇しくもテレビ放送30周年を迎えた『忍たま乱太郎』の劇場版が公開されます。クリエイターさんたちの苦労を知ったとて、楽しんで見るのがきっと一番の応援なんですよね。
良い本を紹介していただきました。読書欲がリブートされて積読が減りそうです。
つまみ Post author
SHOJIさん、こんばんは。お寒うございます。
わー!早速読んでくださったのですね。ありがとうございます。
『レジェンドアニメ!』、どの編もいいですよねえ。
でもやっぱり「ハケンじゃないアニメ」は本当に本当によかったです。胸が高鳴りました。
モデルは、もう、そうでしょう。そう思って読みました。
こちらこそ、ソッコーで感想をいただけて、書いてよかったと思えたと同時に、これからも試行錯誤しつつ本の感想を書こうと気持ちをあらたにすることができました。
ありがとうございます。
mikity
つまみさん、いまごろですが、お正月休みに「ハケンアニメ」&「レジェンドアニメ」を続けて読みました。辻村深月さんは、「東京會舘物語」しか読んだことがなくて、こちらもすごく好きな小説なのですけど、なんというかハケンとレジェンドアニメは登場人物の躍動感が破格でした!映画は見てないけど、映画が脳内でずっと再生されていた感じです。映像見てないけど、見た感がすごい。
作家さんがよく、「頭の中で自分が作ったキャラクターが勝手に動いてしゃべり出すのを待つんです、自分はそれを書き留めるだけ」とか言いますけど、そうとしか思えない作品でした。天才かよっ(上から~)
つまみ Post author
mikityさん、今年もよろよろしくお願いします!
わーい!読んでくださってうれしい!
読んだ本の感想をあーでもないこーでもないと言い合う楽しさよ❤
私も、今まで辻村深月のベストは『東京會舘とわたし』でした。
『ハケンアニメ』と『レジェンドアニメ』と『この夏の星を見る』で、昨年は辻村さんにKOされまくりましたよ。
躍動感、すごいですね。そして映像が浮かぶ感覚、本当に驚きます。
なんかもう、書き手が計算しきれない展開って気がしちゃうんですよねえ。
まさに、天才かよっ!