【月刊★切実本屋】VOL.71 2023年上半期に読んだ本まとめ
2023年も後半に入り、区切りがいいので上半期に読んだ本を振り返ってみることにした。今年の前半は例年になく本を読んだから思い立ったことだ。周囲と世間でよく耳にする「忙しくて本を読むヒマなんてない」「本を読む気持ちの余裕がない」と現在の自分は無縁で、忙しくもなければ、本を読む余裕(だけ)はあるのだ。読書で、本来は真っ先にすべきことから逃げてるような気もするわけだが。‥でも、そのすべきことがなんなのかよくわからないので、とりあえず読んどくか、みたいな状況なのである。
この【月刊★切実本屋】で毎月印象に残った本について書いているが、一応振り返ってみる。(タイトルのところをクリックすると記事が開きます。よろしければどうぞ)
1月 『つまらない住宅地のすべての家』 津村記久子 著
2月 『なめらかな世界と、その敵』 伴名錬 著
3月 『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』 川内有緒 著
4月 『死ぬまでに行きたい海』 岸本佐知子 著
5月 『遠い空の下、僕らはおそるおそる声を出す』 野中ともそ 著
6月 『水車小屋のネネ』 津村記久子 著
半年の間に津村記久子さんを二度取り上げて言うのもナンだが、われながらバランスのいいラインナップである(言ったもん勝ち)。
これらの本は、もし自分が「2023年上半期ベスト本」を選ぶとしたら入る本になるのだろうけれど、記事にはしなかったものの印象的だった本を読んだ順番に挙げてみようと思う。
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◆1月◆
『噛みあわない会話と、ある過去について』 辻村深月 著
この短編集、ジャンルは絶対にホラーだ。書店のホラーの棚にはないだろうし、殺人も超常現象も出てこないけれど、こんなに怖い話ないわっ。おしゃれ感ゼロのタイトルが怖さの源流(?)をさし示している。
しかし『かがみの孤城』という見事な伏線回収劇での本屋大賞受賞後の第一作がこれって、どんだけ引き出しの多い作家なのだろう。それがすでにホラーだ。
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◆2月◆
『ネヴァー・ゲーム』 ジェフリー・ディーヴァー 著
ジェフリー・ディーヴァーといえば、四肢麻痺の科学捜査官【リンカーン・ライムシリーズ】が有名だ。第一作の『ボーン・コレクター』から20年強、14作目の『カッティング・エッジ』までわたしも読み続けている。このシリーズのスピンオフからはじまった【キャサリン・ダンスシリーズ】ももちろん読んでいるぞ!
この界隈だけでも質、量とも素晴らしく、作者は鼻の穴を膨らませる価値が十分あるのに(実際に本人がそうしたいか否かは別として)、ジェフリーったら、古希を迎える年齢の2019年にまったく新しいシリーズを始めちゃったのである。これはその【コルター・ショウシリーズ】の第一作。シリーズの二作目、三作目も一気に読んだが、どれもボリューム満点でどんでん返しがいっぱい。ちょっとロバート・B・パーカーのスペンサー シリーズを彷彿とさせるところも個人的にはうれしい。
引き続き、【リンカーン・ライムシリーズ】も書き続けているみたいだし、どうなってるんだ、over古希のジェフリー。
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◆3月◆
『旅猫リポート』 有川浩 著
間違いなく、今年いちばんの号泣本。もしかしたら、ここ5年ぐらいに範囲を広げても涙の量は他の追従を許さないぶっちぎり1位かもしれない。こんなに猫モノに弱いとは。そして有川浩のツボの押し方の巧さよ。作者が脚本を書いたという映画も見てまた涙。ただただ泣いた。泣けばいいってもん‥だと思う、時には。
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◆5月◆
『小田嶋隆のコラムの向こう側』 小田嶋隆 著
今年、惜しまれつつ終わった赤江珠緒さんのラジオ「たまむすび」の月曜日レギュラーを長く務めていてわりと身近な存在だったオダジマおじさんの本を、どうして自分は読んだことがなかったんだろうと思うに、かなり以前、上杉・日垣・小田嶋は日本三大変人「隆」というツイートを見たせいかもしれない。こじつけのようで意外と真実‥かも。この中のおひとりを少し存じ上げていた時期があったが、確かに超個性的な人だったなあ。
小田嶋さ~ん、ご存命中に著作を読んでいなくて本当にごめんなさい。心にがつんがつんとくるコラム集、堪能しました。その後読んだ『諦念後』もよかったですが、選ぶとしたらこちらです。
それにしてもミシマ社はいい本を出すなあ。
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『ほんのちょっと当事者』 青山ゆみこ 著
わたしにとっての歌姫、山本潤子さんがハイ・ファイ・セット時代、「少しだけまわり道」という曲を歌っていたが、タイトルを「ちょっとだけ遠まわり」と勝手に思っていたことがあった。青山ゆみこさんのこの本も「少しだけ当事者」とどこかで書いたことがある気がする。自分は「少し」と「ちょっと」の判別が不得手らしい。まあ、徹頭徹尾どうでもいい話だけど。
これまたミシマ社の本。自己破産、性暴力、障害者差別、看取りや親との軋轢など、シリアスな問題を「ほんのちょっと」という立ち位置で語ったからこそ浮き出るリアルな視点。ど真ん中ではない、無関係でもない、そんな場所だからこそ見えることは多々あって、それはど真ん中と無関係の間の橋渡しにもなり、地続きだと知らしめる。人は自覚しているより多種多様のプチ当事者だったりするのかもしれない。
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◆6月◆
『あるものを活かして愛着のある部屋に育てる』 本多さおり 著
実はこの手の本が好物だ。数年前にちんまりした古い戸建てから、よりちまちました中古マンションに引っ越し、住まい対する考えを一から構築し直しているのだが、ミニマリストやover60あたりの確固たる信念ありきの住居考より、家に関する感覚がフレキシブルな若い人の実例や提案の方が参考になるのだ。極端なことを言えば、暮らし方のスタイルやセンスの追求なんて邪魔。求めるのは居心地のよさ、それだけで、そこになにがしかのスタイルやセンスが入っていればめっけもんなのである。
この本の影響か、6月はソファやダイニングテーブル、パソコンデスクやサイドテーブルなどの位置や向きをしょっちゅう変えた。キャスター付きのものが多いのでひとりでも簡単に移動できるのだ。もはや読書と双璧の趣味かも。
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『桜風堂ものがたり』 村山早紀 著
正確には「桜風堂ものがたり」シリーズ。全部で3冊(1作めは文庫上下巻)。書店を舞台に、本とその周辺の人々を言を尽くして描いているが、ファンタジーのように清らかで麗しく(ネット社会の暴力性は描かれているけれど)、本や書店に対する作者の思いが溢れている。
読者に親切過ぎる小説で、毎回あとがきも長く、思いの強さが自分は苦手だったりする部分もないことはないのだが(奥歯になんか挟まってる)、あまりにも、あまりにも物語づくりが達者で、展開も文章も心地よく、読みやすいにも程があるので感動してしまう。一気に3冊読んだ。そして現在は「次はないの?」の気分である。それにしても、児童文学からきた小説家はみんな力があるなあ。まさに職人芸。
というわけで、下半期もどんな本に出逢えるか楽しみだ(月並みな締め)。
by月亭つまみ